2010年 1月 21日 (木)

       

■ 〈北Gのライブトーク〉123 北島貞紀 ご学友(下)

 井出君の最初の結婚と破局も、アメリカからのはがきで伝えられた。

  「彼女は、この国での生活が楽しめなかったようです」

  たった1行の言葉で、すべてを語っていた。

  僕が大阪を出て、盛岡に帰ってきたころと前後して、井出君も帰国した。10年近い海外勤務だったと思う。転職したことを知ったのは、年賀はがきだったろうか。確かに、もうタイプライターの時代ではなかった。(彼の会社はタイプライターのメーカーだった)

  それから数年たって東京で再会した。中国人がやっている安くてうまい中華料理屋があるからと、新橋のJRガード下に行った。

  「今、新幹線通勤している。時々はホテルに泊まるけどね」

  出された名刺を見るとCNNとあった。

  「あのアメリカの3大テレビ局か?」

  「あぁそうだよ。日本の営業の窓口なんだ」見た目よりさっぱりした味の揚げ物をほおばりながら、いつものクールな口調で井出君が話す。お互いの十数年をさかなに、ビールが進んだ。評判どおり、うまくてリーズナブルな値段の店だった。その日は、同じホテルをとった。

  「じゃ、ここで。明日は僕のほうが早く出るから。東京へ来るときはまた連絡して」

  この新幹線通勤は、実に20年に及んだ。いつの間にか、彼は日本支部のトップにいた。

  大学の友人は数人いるが、同じ学部で授業を受けた友人は、井出君しかいない。その後の人生の変遷を、10年ごとに確認しあってきたようだ。そろそろ40年の節目、彼の自慢のシアタールームでビールを飲むのも悪くない。

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