2010年 1月 23日 (土)

       

■ 〈保阪嘉内の短歌〉112 望月善次 りんとして雪の降る夜に

 つんとして雪の降る夜にかざしたる蛇
  の目の傘と君の唇、
 
  〔現代語訳〕取りすまして、差し掛けた雪の降る夜の蛇の目傘と(指し掛けられた)人の唇よ。

  〔評釈〕「明烏春泡雪」十三首〔『アザリア』四号(大正六年十二月十六日)〕の九首目。これもおそらくは、歌舞伎舞台の一場面の光景であろう。こうし場合に、その具体的場面がさっと浮かんで来ないのが、繰り返している「素人の悲しさ」である。素人と言えば、少し時間がたってしまったが、秩父地質調査時の作品についても言える。向山三樹氏の御厚意により本間岳史論〔「『秩父始原層』に詠まれた岩石・鉱物〜宮沢賢治の畏友保阪嘉内の歌稿ノートから」、『埼玉県立自然の博物館研究報告』ai2008)〕を読む機会があり、大いに教えられた。例えば「石灰洞帝釈天の馬鹿者は石筍にして天を指さす」〔「寂れたる空」〕の石灰洞は「橋立鍾乳洞」のことだと言う。一首を読む上に、専門的知識がどれくらいあれば良いかは、それほど単純な問題ではないし、専門的知識が作品を読む目を曇らせてしまうことも体験してきた。が、目下苦戦中の身にとっては、「藁(わら)にも縋(すが)る」思いもある。
  (盛岡大学学長)

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