2010年 1月 23日 (土)

       

■ 〈賢治の置土産〜七つ森から溶岩流まで〉144 岡澤敏男 空海の創建大塔

 849年、慈覚大師円仁によって復興し、改名されたという「妙見山黒石寺」は、陸奥の奇祭・蘇民祭で知られる天台宗の古刹である。勇壮なかけ声が私の耳元によみがえる。あれは20歳の旧正月、私はたった1人で喧騒(けんそう)の中にいた。

  「ジャッソー、ジョヤサ」のかけ声は、漢字で「邪正、常屋作」と書いて「邪心を払い、常しえの住まいを作る」の意味だという。午後10時の裸参りから始まって、柴燈木登り、別当登り、鬼子登りと続き、最高潮の蘇民袋争奪戦まで勇猛果敢な興奮が徹夜で繰りひろげられる。

  ところで慈覚大師って、空海さん?それとも行基さんのこと?……とまぁ、不信心な私だが、「慈覚大師円仁さん」と二つ合わせたらストーンと覚えられた。その慈覚大師が修行したとして名づけられた大師森は、つい最近まで盛んに崇敬された信仰の地だったらしい。

  大師森は、奥州市の胆沢平野を東側から見下ろす位置にある。しかし、逆に平野から大師森を見定めようとしても、これがさっぱり分からない。前景、中景、遠景と、幾重にもうねるピークの見きわめがややこしい。私の見当によれば、中間に連なる平たい尾根のどこかにあるはずだが、特別目立ったカタチでもない大師森は、なかなか特定できないのだ。

  国道343号の藤橋たもと「道の駅みずさわ」に車を止め、北上川対岸で私はじっくり双眼鏡を構えた。手前の林が北上川と新幹線の黒石トンネル。背後には大鉢森山のシルエットが南北に連なっていた。

  中腹の小高い台地に黒石寺のお堂が見える。そこから左上部に目を転じると…、凹み気味に長い弧を描くなだらかな稜線(りょうせん)があろう。そこが大師森だ。山頂にはあずまやがあり、こげ茶の草地も遠目にわかる。読者の皆様には、スケッチで大師森を探し当てていただきたいが、さていかがだろう。
 
  大師森は近年、大師山森林公園として整備され、ハイキングで憩う緑のオアシスになった。冬はカンジキやスノーシューで闊歩(かっぽ)する。松と蛇紋岩に覆われた大師森の静寂を歩くと、円仁さんの声とおぼしき野鳥のさえずりが聞こえよう。さまざまな小路を行きつ戻りつ、見晴らしのいい山頂まで登っていく。

  大師の道・大日如来の道・岩めぐりの道・あるいは座禅窟・大師堂など円仁さんにちなんだ大師巡りが愉(たの)しい。大師山荘は冬季12月から3月まで閉館されるので、国道343号から1`ばかり車道を歩けばよい。

  ジャッソー開け、新年! ジョヤサ、ジョヤサ、蘇民の炎で熱くなれ!

(版画家、盛岡市在住)

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