2010年 1月 24日 (日)

       

■ 〈早池峰の12カ月〉29 丸山暁 ここは田中の関所

     
   
     
  僕の家は、八木巻川沿いの谷間が少し狭まった田中集落の始まりのちょっと小高い場所にある。だから、田中より奥の集落の方々が町に出るには、ほとんどの場合わが家の前を通る。夕刻暗くなってくれば、わが家の外灯が田中集落の入り口の目印となる。

  そんなことで、わが家は「田中の関所」と呼ばれている。別にわが家の地に昔そんなものがあったとか、わが家で谷間の衆の出入りをチェックするわけではないが、どこかでわが家の外灯が話題になっての冗談話である。

  この地に越してきた時は満天の星に歓喜した。ここに来るまでは、東京でさえ簡単に見分けられた幾つかの星座が見つからない。目当ての星座はどこに行ったと探しているうち合点がいった。星が多すぎて星座が見分けにくかったのである。また月夜の明るいこと。

  その反対に雲に覆われた闇夜のなんと暗いことか。目をパッチリ見開いて目の前に手をかざしても全く見えない。本物の一寸先の闇には驚いた。多分、たった1人で全くの闇夜に立ったのは、記憶の中では初めてだった。

  現代という時代、夜でも外灯やどこかの家の光や町の光が目に入ってくるものだ。この地に来て、初めて、闇夜、暗闇の恐怖を知った。

  話は随分戻り今から半世紀前、僕が少年時代暮らしていた農場周辺も雲に覆われれば闇夜になった。ある日の深夜、オヤジがずぶぬれで帰ってきた。話によると、街で飲んでの帰り道、池に落ちたのだと言う。

  家族中で「酔っ払って落ちた」とからかい、オヤジは「ばかな、暗くて道が見えなかったから落ちた」と弁明したが、今にして思えば道理である。慣れた道でも、酔っ払っていなくても、一寸先の闇夜では池に落ちることもあるだろう。ぬれ鼠(ねずみ)になっただけで、幸いけがもなく、長くわが家の笑い話となった。

  そんな記憶も重なって、この地に来て、庭先でも手探りでしか歩けない暗闇に出合い、手作りの外灯を取り付けた次第。初代外灯は、数年前の突風で飛ばされたので今のは2代目である。正面には1993と書いてあるが、それがこの地に来た年代である。

  そんなわが家の外灯だが、近所の人と出会った時「きのうは明かり付いてなかったけどどこか行ったのか」という具合に、わが家の在不在が、谷間中に分かってしまう。まったくおせっかいな、これだから田舎は…と思うこともあった。しかし、「おめとこの明かりが見えないと寂しくなる。明かりがないときは見ててやる(わが家に気を配る)」と言ってくれる。小さな外灯が、闇夜を照らしながら、心にもほんのりと明かりをともしてくれる。
  (丸山暁建築・空間工房、大迫・外川目在住)

本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします