2010年 1月 24日 (日)

       

■ 観武ケ原、記憶の中の風景を描く 阿部長次郎さんが水彩作品

     
  戦車山から見る入植当時の観武ケ原  
 
戦車山から見る入植当時の観武ケ原
 
  盛岡市みたけの阿部長次郎さん(78)の「絵で見る観武原(みたけがはら)今昔展」が31日まで、滝沢村の滝沢ふるさと交流館で開かれている。同市青山、みたけ地区の変遷を描いた水彩作品31点を展示している。同展は1991年以来2回目だが、前回よりも15点ほど作品を加えて発表した。

  厨川観武原地区はもともと、旧陸軍の兵舎と練兵場があった土地。戦後は引揚者を受け入れ、開拓が進められた。市では1946年(昭和21年)に旧軍施設の騎兵第三旅団・工兵第八大隊の兵舎を改造し青山寮、岩鷲寮と名付けて第1陣の引揚者を収容。同地区は引揚者と開拓者によって住宅が増え、街としての機能が充実していった歴史を持つ。

     
  青山寮16号舎(旧連隊本部)  
 
青山寮16号舎(旧連隊本部)
 
  現在も残る「元騎兵第24連隊覆馬場(現青山二丁目)」のほか、今はなき「青山寮16号舎(旧連隊本部)」「火災にあった岩鷲寮」など、引揚当時の風景を知ることができる作品も。

  「戦車山から見る入植当時の観武原」は岩手山に向かってほとんど民家がなく、広々とした大地が続く情景。「現国分通り」も原野の中の1本道。サイロのある農家の横を、くわをかついだ人たちがのんびりと歩いていく様子が描かれている。

  「大地を踏みしめて〜開拓者の引越」はたくさんの荷物を積んだ馬車とともに歩く家族連れの姿を描いた作品。「もう少し行けばトッチャの建てた小屋さ着くでなあ。シッカリつかまってろよ。オジル(落ちる)とけがするぞ」というせりふが添えられている。

  阿部さんは市内中心部で生まれ育ち、昭和40年代初めにみたけに移住した。「街がどんどん変わっていくので何かの形で残したい」と、同シリーズへの取り組みをスタート。青山、みたけ地区の記念誌や文集、自分史などの資料を参考に「時の移り変わり、昔の様子を思い浮かべながら描いた」という。

  県内唯一の開拓専門農協として60年間続いてきた観武ケ原開拓農協が2008年度に解散。それを機に、今展の開催を決めた。

  引き揚げや開拓で同地区に入った人たちの多くが、既に出て行ってしまったという。新住民はこの土地の歴史を知らない人がほとんど。阿部さんは「特に子どもたちに『昔はこうだったんだ』と興味を持ってもらえれば」と思っている。

  午前9時から午後9時まで。第1、3、5火曜は休館。

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