2010年 1月 26日 (火)

       

■ 〈保阪嘉内の短歌〉113 望月善次 素肌して君が洗ひし

 素肌して君が洗ひし黒髪と、ある夜の
  君と、ことひとにあれ、
 
  〔現代語訳〕素肌であなたが洗った黒髪と、ある夜のあなたとは、別人であって欲しいものです。

  〔評釈〕「明烏春泡雪」十三首〔『アザリア』四号(大正六年十二月十六日)〕の十首目。これも歌舞伎の舞台を前にした感慨であろうが、具体的場面については、ここでも「素人の悲しさ」の範囲にある。「素肌して君が洗ひし黒髪」には、お七が肌脱ぎで黒髪を洗う場面と吉三郎に言い寄って行った夜の場面なども一応は思い浮かべたというのが評者の側の舞台裏であるが、いずれにしても、「素肌して君が洗ひし黒髪」と「ある夜の君」は、話者が女性の隔たった二つの面と感じたものを描写しているわけであるが、その場面を具体的に特定するところには至らなかった。なお、理念的に言えば、「ある夜の君」(傍線は、以下の二例共評者)に対応すべきものは、「素肌して君が洗ひし黒髪」ではなく「素肌して君黒髪洗ひし君」となるべきものであろう。もちろん、こうしたズレは、詩歌表現においては、許容されるものであるが、嘉内自身が、このズレに自覚的であったかの論は分かれよう。
  (盛岡大学学長)


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