2010年 1月 31日 (日)

       

■ 〈早池峰の12カ月〉30 丸山暁 美の根源は自然にあり

     
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  「この世で最も美しいものはどこにある」と問われれば、迷わず自然の中にあると答える。色気盛りの青春時代なら、「それは君の瞳の中に」とでも真顔で言うのだろうが、ここまで生きてくれば、美しいものはすべて自然の中にあると断言できる。

  そんな自然が形作る造形の中でも、最も可憐(かれん)で気品に満ちて輝くものが、雪の結晶だろう。子どものころ、中谷宇吉郎(雪の結晶研究の祖)の雪の結晶の写真と、空から降ってきた現実の雪の結晶を虫眼鏡で見比べて、その類似性(六面体)と多様性、複雑さに驚き、自然が形づくる美に言葉を失ったものだ。

  冷え込んだ朝、日課として、残飯バケツを洗いに沢に行くと、沢の小さな水たまりに冬の女王の冠(かんむり)が浮かんでいた。水辺の扇形に開いた草の葉っぱに張り付いた雪(雪というべきか水分というべきか)の結晶が朝日に輝き、しばし見とれてしまった。

  誰かが意図したわけでもないのに、こんなにも美しいものが自然の中にある。

  僕が絵を描いた最も古い記憶は、広島の農場時代の幼少のころ、絵の具箱と画板を小脇に抱えたオフクロのあとを、小さなスケッチブックを持ってついて歩いていたことである。大人になってからも、個展などもやりながら、下手なりに30年間描き続けてきた。

  僕は職業絵描きではないので、描きたいものを描きたいように描いてきたが、そんな素人絵描きでも多少の葛藤の時期があった。それは、具象であっても抽象であっても、「こんな色をここで使ってもいいのだろうか」と迷うことがあった。

  そんなある日、スケッチブックを持って山梨の蓼科に登った帰り、中央本線茅野駅のホームから見た小一時間の八ケ岳の夕焼けショー(刻々と変化する山並みから天空へ向けて広がる想像を越えた色彩の変化)に出合って、目からうろこが落ちた思いがした。

  太陽が沈み始め暗くなるまで、夕焼けはオレンジ系を主体にしているが、その間バイオレットやコバルトブルー、漆黒から白金の輝きまで予期せぬ色が瞬時に現れては消えていった。そのとき、僕が思いついた色や形、美の姿はすべて自然の中にあると確信した次第。

  美は自然のいたるところに潜み、ひょっこり姿を現わしてくれているのだが、それに気づかない人間が増えたのではないか。気づかないから、美が潜む自然を平気で壊してしまう。美の根源を壊してしまっては、人間が形づくるものも貧困になってくる。巷(ちまた)にカワイーイはあふれているのだが、美しいものを見い出しにくくなってきた。

  (丸山暁建築・空間工房、大迫・外川目在住)

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