2010年 2月 3日 (水)

       

■ 〈口ずさむとき〉162 伊藤幸子 立春の葉書

 立春の明るき街にて投函の葉書それぞれに歓び運べよ
中山きち子

  年賀状から寒中見舞まで、寒さの中でも割と筆まめになる季節の中に居る。ふしぎなもので、年賀状の近況につられて手紙を書いたり、本の読後感を綴ったりと、夏の身体機能とは違った静かな充足感が得られて楽しい。節分、立春、光の春だ。ゆうべ、数人の友人とむきあって、親しく話をするように葉書を書いた。歓びのことばは歓びの心に響く。

  「朝毎の雨戸を繰りて真向へる三毳嶺とともにわが50年」とも詠まれる作者は大正8年栃木県佐野市生まれ、昭和11年には東京丸ノ内にて貿易会社に勤務。そのころから北原白秋に師事、同門の葛原繁氏を詠んで「学生服の中の一人にて寂けかりき松本楼の多磨の歌会に」とのお作もみえる。先年、松本楼の若き女性副社長さんが盛岡にみえて「おもてなし」の講演をされたことがあった。私は松本楼ではカレーしか食べたことがないが、ふりむけばつい70年ぐらいの過去に、ゆかりの文人たちが談笑していた光景がうかぶ。

  そしていつも私が眩しく思うのは、そうした歌会の場が若い男女の交流の場であったこと。だからこそ、ひっさげてゆく作品は美しく格調高く磨きぬかれたものでなくてはならない。圧倒的に相聞歌が多かった。山河叙景の歌であっても「君と行きたし」の心に弾み、先へ先へと思いが展けてゆく。もちろん孫歌や老病死苦の歌であっても、全体的に若い歌が多く、熱い時代であったといえよう。

  「汗垂りて草引く傍へ木に吊りしラジオは源氏物語説く」「丘の上の女子高に下校の鐘鳴るを聴きとめてなほしばし草引く」氏は結婚後もずっと佐野市にて地域の文化活動に従事、平成7年には歌集「みかもね」を出版。筆まめな方で、料紙も切手も王朝の香を偲ばせた。

  平成16年「風もなく陽ざし温とし一月六日八十五回目の誕生日今日」と詠まれ、「朝霧に濡れしまつげを瞬きて身は乙女子のごとバイク駈る」も好きな歌。都心でOLをされた大正ロマンの佳人は、私がお会いしたころはもう還暦ぐらいだったが、どこの会場でも細身の洋装で印象的だった。平成20年11月、89歳にて逝去。私は今年も立春の葉書を待っている。

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