2010年 2月 5日 (金)

       

■ 〈賢治の置土産〜七つ森から溶岩流まで〉146 岡澤敏男

  ■倉庫を塔に変貌

  歓喜天は大聖(だいしょう)歓喜天または聖天(しょうでん)とも呼ばれる仏法の守護神だが、もともとインド神話のガネーシャとよばれる人身象頭の神でした。

  ガネーシャはあらゆる障害を取り除く力をそなえており「障害を除く主」としてあがめられる一方で、形象として単身像と男神と女神が抱擁している像(双身像)があり、そこから夫婦和合、子授けの神として信仰されているのです。前回のコラム写真で掲載したのは双身像のガネーシャです。

  賢治は歓喜天を出現させることにより下書稿(六)はつぎのように改作されました。

  巨なるプデングに似る
  そのかみの博物館は
  いま玉蜀黍の倉庫とかはり
  ふゞきまたひかりて被へば
 
  歓喜天そらやよぎりし
  なめらけき窓ガラスより
  なにごとかひめたるわらひ
  うちふるひりりともれくる
 
  あの「りり」と震える「栗鼠の軋り」の、その深淵に写された歓喜天の姿によって、ずっと耳にうずいていた「女のわらひ」の本体が見えてきたのです。

  それは「農場で働く若い男女の〈真昼の情事〉で」「女の〈よがり声〉」(「宮沢賢治の愛と性」洋々社『宮沢賢治』9)と小倉豊文氏が指摘している。しかし賢治はこの〈真昼の情事〉を否定してはおらず「むしろ讃歌をうたいあげていると解すべきものであろう」とも言及しているのです。

  小倉氏は賢治をめぐる「性」の葛藤については詳細に述べておりますが、大正11年に耳にした「女のわらひ」の性衝動と、昭和8年の最晩年に耳にした「女のわらひ」の幻聴との相違点には触れていないので、賢治がなぜ〈真昼の情事〉を「むしろ讃歌をうたいあげている」と解したのかその真意が理解しにくいのです。

  私も「讃歌説」に同調するものですが、讃歌と解した本意には「女のわらひ」の漏れてきた建物に対する逆転思考にあったと思われます。それは下書稿(六)までは「三階倉庫」であった建物を下書稿(七)に至り「脱穀塔」へと変貌させるという逆転思考のなかに本意がみられるのです。

  雪ふかき  まぐさのはたけ
  きみばたけ 漂雪は奔りて
  丘裾の   脱穀塔を
  ぼうぼうと ひかりて被う
 
  小倉氏は「塔中秘事」の「塔」を寺院の三重や五重塔などではなく「小岩井農場の〈脱穀塔〉」と認識したが「倉庫」から「塔」へ変貌する詩稿の推敲(すいこう)プロセスを見落としておられます。

  たしかに賢治が発想した「塔」とは三重や五重塔ではなく「プデングに似る」の形容からサーンチーや高野山大塔のような「仏塔」(ストゥーバ)であったと思われます。

  小岩井農場にある実際の脱穀作業場(農場では脱ぷ舎とよぶ)は、童話「耕耘部の時計」の舞台となった高い天井の平屋建で、どう誇張しても「塔」と呼ぶような建物ではありません。賢治は「りりともれくる」「女のわらひ」を、シミュレーションさせた虚構の脱穀塔(ストゥーバ)のガラス窓から聞いたのでした。

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