2010年 2月 7日 (日)

       

■ 〈早池峰山の12カ月〉31 丸山暁 ホワイトゲート事件?

     
   
     
  いつも通る木々のトンネルが枯れ木色からほんのりピンクがかり始めてきた(もえぎ色の前につぼみが膨らんできたころ)と思っていたら、一夜にして白いトンネルに様変わりしていた。静寂の中こんな荘厳なトンネルを深呼吸しながらゆっくり通り抜けると、誰かに身も心も見透かされているような気持ちになってくる。

  そんなことを考えながら白いトンネル(以前も書いたがトンネルはゲート性を持つ)を抜けたら、ホワイトゲートという言葉が頭に浮かび、次にウォーターゲート、「ウォーターゲート事件」という言葉が連なってきた。これは、1970年代アメリカ政界を揺るがした盗聴事件で、時の大統領リチャード・ニクソンが辞任に追い込まれた。

  こんな事を思い出したのはきっと今の日本の政治状況、政治家のごまかし、卑劣さがいつも頭から抜けず、何か事が起こるのではないかという予感があるからだろう。

  政治家のことはさておいて、僕も、ここまで生きてくれば心にやましいことの一つや二つや三つや四つや五つはある。今でも心の奥底にとげのように突き刺ささり、何かの拍子に思い出してはチクリと胸を指す小学生時代の苦い記憶がある。

  ある休みの日の真昼間、近所の悪がき仲間(昔の子どもたちは集まれば何かいたずらを考えていたもので、当然僕も含め悪がきと総称しておく)と農場のイチゴ畑に忍び込み、イチゴを食いあさっている現場を見つかってしまったことがあった。

  そのときとっさに、誰からともなく、僕だったのかも知れない、「ケン坊が食おうゆうたんじゃ」と、いつも何かと問題を起す年下の少年に責任を押し付けてしまった。そのときは、「欲しければ言え」と全員お目玉をくらい、イチゴをいくつか持たされて解放された。

  そのことを子供時代はほとんど思い出すことはなかったが、僕が大学生の時帰郷した折、彼がけっこう優秀な高校に通っていると言う話を聞いて、どこか安堵すると共に無性に恥ずかしさがこみ上げてきた。

  このイチゴ事件は、60になろうとするこの年でも、ホワイトゲートをくぐらなくても、何かの拍子に幾度となく思い浮かべ、自らを戒めてくれている。

  人の心は深いものである。他者は騙(だま)せ、社会は忘れ、何年経っても、たとえ自分で忘れたふりをしても、忘れることも騙すこともできないのは、最も身近にある自分の心である。

  さてさて最後に、鳩山、小沢さん、あなたのホワイトゲートをくぐって見ませんか。自分に恥じず誇りある為政者でいられますか?それともホワイトゲート事件となりますか?
(丸山暁建築・空間工房、大迫・外川目在住)

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