2010年 2月 9日 (火)

       

■ 〈保阪嘉内の短歌〉118 望月善次 麓の道、黄色の陽照り

 麓の道、黄色の陽照り馬を追ひポプラ
  の影を歩ゆむ(ママ)人あり、
 
  〔現代語訳〕(この天神山の)麓の道には、(冬の)黄色の陽が照っています。(見下ろしていると)馬を追いながら、ポプラの影を歩いている人がいます。

  〔評釈〕「鴉と空」六首〔『アザリア』四号(大正六年十二月十六日)〕の二首目の作品。「歩ゆむ」には、「(ママ)」表記のように「ゆ」がある。ところで、評者は、前回の冒頭作品「この山に鴉とわれと二人居て向かふ麓の日の中の人……」に対して、「作品末尾に置かれた『……』を生かすならば、『人』を女性とし、ロマンチックな物語を付与することも可能となろう。」と記した。もちろん、その指摘は、冒頭作品を〈単独作品〉として読む場合の一つの可能性を言ったのである。抽出歌を踏まえながら、〈連作としての読み〉という文脈で読むならば、「人」は「馬を追ひ」、つまり「馬をかりたてる」人ということになる。残念ながら、この文脈においては「ロマンチックな物語」は、無理なことになる。『アザリア』四号の発行日、「大正六年十二月十六日」を考えると、「黄色の陽」は、強い「夏の日差し」ではなく、年末に向かう「冬の陽」で、その「人」を話者はじっと見つめているのである。
(盛岡大学学長)


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