2010年 2月 13日 (土)

       

■ 〈早池峰の12カ月〉32 丸山暁 雪灯籠と終末時計

     
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  最低気温−10℃前後、最高でも−5℃前後という極寒の真冬日に数日耐え、吹雪がやみ青空が少しのぞいた夕刻、寒さに負けてなるものか、春よ来いと、雪燈籠(どうろう)を作った。

  こんな雪で作った明かりを北国では「雪明り」とか「夢明かり」と呼ぶようだが、この明かりは、期せずしてアンコウが大口を開けたような形なので、今風に「夢明り」ではなく、「雪燈籠」と呼ぶのが似合っているし風情もある。昔ながらの呼び名もいいもんだ。

  この風景の中に人間にとって大切な明かり3態が写し出されている。まず目を引くのはほのかな雪燈籠の蝋燭(ろうそく)の炎の明かり、次に空間を照らす外灯の電気の明かりに目が移る。そして、もう一つ当たり前すぎて忘れてしまいそうだが、雪燈籠、外灯を含め、僕の視野にあるすべてを浮き彫りにしてくれているのが沈みゆく太陽の明かりである。

  これら明かりの中で人類が最も早く出合ったのは太陽である。太陽は、人類が生まれる前、人類どころか生命誕生よりずっと前、それどころか命の地球を誕生させたのが太陽である。太陽の明かり、輝きはすべての命、人類を生んだ神のようなものである。

  そういう意味では人類が最初に手に入れた明かりは炎である。ものの本によると、人類は最初、火山噴火や山火事で自然に発生した火を木に移して洞窟に持ち帰り、火を絶やさないようにして炎を明かりにし暖をとり、獲物を焼くのに利用したという。5、6万年前ごろのネアンデルタール人の火の利用はそのようだったと考えられている。

  その後、人類は自ら火を起こし、さまざまな燃焼物、薪(まき)や石炭、石油、ガスを発見し、19世紀末まで人類の闇を照らしていたのは炎である。そして19世紀電気が発明され、1879年ついにエジソンが真空式電球を実用化し、人類の暮らし、文明は急激に変化していった。電気の発明、エネルギー革命以後の現代過剰消費社会への顛末は述べるまでもないだろう。

  そんな視点で明かりを見れば太陽は宇宙、命の明かり、炎は自然、心・魂の明かり、電気は文明、暮らしの明かりと言える。太陽とは数百万年、炎とは数万年、電気とはたかだか百数十年の付き合いで、人類は65年前に核の火(核爆発)を手に入れ使ってしまった。

  人類は小さいながら太陽と同じ光を我が物とした。このことは、人類が神に近づいたと喜ぶべきことなのか、それともバベルの塔のように人類終えん、死にゆく星の輝きとなるか。

  暮れ行く明かりの中、外灯に照らされた雪燈籠の炎を見つめ思いを馳せた、こんなのどかな夕暮れがいつまでも続きますようにと。しかし、核終末時計は3分前、時は急を要す。

  (丸山暁建築・空間工房、大迫・外川目在住)

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