2010年 2月 17日 (水)

       

■ 〈口ずさむとき〉164 伊藤幸子 「未成年」

 またの日といふはあらず もきさらぎは塩ふるほど の光を撒きて
春日井 建

  昭和33年8月、日本の短歌界に新星がデビューした。春日井建20歳にて、角川書店の「短歌」誌に中井英夫の推輓により「未青年」50首を発表。その3年前に中城ふみ子、寺山修司を世に出し、中井編集者の眼力も話題になったと聞く。35年、第一歌集「未青年」刊行。三島由紀夫が序文を寄せ、「われわれは一人の若い定家をもったのである」と絶讃した。愛知県生まれ、両親とも歌人で「どこを取っても貴公子」と万人が認める二枚目歌人である。

  代表歌として「大空の斬首ののちの静もりか没ちし日輪がのこすむらさき」がよくとり上げられる。19歳の作者の心のたぎちというか、前衛短歌旋風の時代の波にも乗って人気をさらった。意は、日輪が首を打たれて地平線の彼方に沈んでいった残像として、紫のイメージが描かれる。「水脈ひきて走る白帆や今のいまわが肉体を陽がすべりゐる」の質感に瞠目。

  第九歌集まで出している作者だが、平成11年ごろより咽頭癌を病まれ、自らを客観視される作品が胸をつく。「扁桃(アーモンド)ふくらむのどかさしあたり衿巻をして春雪を浴ぶ」「スキンヘッドの少年は人とまじはらず黙然と脱ぐ岩盤のうへ」「湯に首を打たせてラドン吸ひながら屋根の雪おろす人を見てゐつ」作者は秋田の玉川温泉に夏冬二度訪れている。「少年」とは作者自身のこと。

  「ふぐ刺しがのどを通るに動悸せり歓楽はいまだ吾を見捨てず」「宇宙食と思はば管より運ばるる飲食もまた愉しからずや」食の歌。ごく普通に食べ、普通の暮らしの何とありがたいことか。「ふぐ刺し」の歌をはじめて読んだとき、私も、自分ののどを下る白い花びらのような感触を味わって声が出なかった。氏は、声を失うことを嫌って手術も遅くまで拒まれたという。ラジオやステージの仕事に追われていたこともあろうが「早朝ののみごを下る春の水つめたし今日も健やかにあれ」と自分で自分を鼓舞する歌も多く見られる。

  平成16年5月22日、65歳にて逝去。「その日、私は北上で建さんの訃を聞きました」と、篠弘さんに伺ったことがある。「またの日」はついになく、未青年の日はさらに遠い。



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