2010年 2月 28日 (土)

       

■ 〈早池峰山の12カ月〉31 丸山暁 エコと環境適応力

     
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  日差しが強くなってきて、あちこちで地面が顔を出せば、少々凍てつく朝でも、「もうすぐ春がやって来るからへっちゃらだ」という気持ちになってくる。

  春の来ない冬はない、それは自然の節理と分かっていても、雪に覆われ極寒の日々がひと月も続けば、春など来ず、このまま氷河期が来るのではないかと不安になることがある。

  特に昨年来、北極の大寒気団が随分南下して来て、ヨーロッパや北アメリカでも歴史的な大寒波、大雪に見舞われた。この冬の寒さは、太陽黒点減少による寒冷化への前兆ではないかと疑ってもいたのだが、たとえそうであっても慌てる必要はない。

  人類は数百万年前、温暖なアフリカ大地構帯に生まれ、人口増加に伴って、広い世界に旅立った。ある種族はサバンナで暮らし、砂漠を越えてオアシスにたどり着き、ある種族は、氷の世界をマンモスと共に生き抜き、ベーリング海峡を渡って熱帯まで行き着いた。

  人類は、極寒の−20℃から灼熱の40℃、海抜0bから3千b超の環境でも生きていける身体能力を身につけ、それぞれの地で高度な文明を花開かせ今に至っている。

  ところで、人類と環境の関係を考えるとき、人類にとって最も逆説的な環境は現代の巨大都市ではないだろうか。人口過密、昼夜のない喧騒(けんそう)、汚染された水や空気、ヒートアイランド、ビル風、繰り返される過度なストレス、現代先進国の大多数の人間は、そのような地球上で最も劣悪な環境を選んで(好き嫌いは別にして)暮らしている。

  僕が青春期大きな影響を受けた思想的生物学者ルネ・デュボスが「人類はあらゆる地球環境に適応し暮らしている。その適応能力の高さゆえにどんな劣悪な都市環境にも適応してしまい、このことが人類の将来的不安である」と指摘している。うなずける。

  人類は環境の動物である。最初はあらゆる自然環境に適応し、中世的都市環境に適応し、ついこの間までは、曲がりなりにも、人間が近代的都市環境にも適応してきた。

  しかし、最近は環境を人間が快適と考える状態に機械的に制御しようとしている。特にここのところの官民あげてのエコ家電やエコ住宅はその傾向が強く、ますます過熱ぎみである。人間はじっとしていても機械が勝手に環境を整えてくれるようだ。

  さて、未来の人類に必要なのは、環境を人間に合わせる技術か、それとも暑い時には汗をかき、寒さには運動して体を温め、環境の変化に適応できる身体能力を維持することか。エコ減税・補助金、エコポイントに関係ない田舎人(いなかびと)のたわ言である。

  (丸山暁建築・空間工房、大迫・外川目在住)

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