2010年 3月 3日 (水)

       

■ 〈口ずさむとき〉106 伊藤幸子 雛の家

 落ちてゐる鼓を雛に持たせては長きしづけさにゐる思ひせり
初井しづ枝

  紫波町日詰の大正建築平井邸で開催されているひな祭りに行ってみた。折しも前日納車されたばかりの車の試運転をかねて往復百余キロ、絶好のドライブ日和となった。

  時の総理大臣原敬を接待するために、3年がかりで大正10年に完成したという平井邸。伝統と格式の香気に満ちた名家が開放されて大勢の見物客でにぎわっていた。

  なんという広さ、二階大広間は44畳、五間半の長押と棹縁はすべて赤松の柾目一木の由。天井板は二尺幅の楠とのこと。新築当時はどんなにか芳香を放っていたものかと見上げる。

  「この床の間を背に、原総理が座られて」と縁者のご説明を聞きながら、台湾総督府政局長後藤新平と政商鈴木商店大番頭の金子直吉とのスケールの大きい商談に思いが及ぶ。そんな歴史を背負って、楠は海を渡りこの日詰まで運ばれたのであろうか。すっかり茶色がかっている天井板に、また少し視界のゆがむ大正ガラスに、時の登場人物たちの会話を聞いてみたい思いにかられた。

  座敷には古式ゆかしい享保雛も飾られていた。ここには明治よりもさらに古い江戸の様式が息づいている。わけても五人囃子の像の若さに新鮮な驚きを覚えた。目もいわゆる引き目ではなく動きの感じられる表情で、さすがに年代を経ているため笛も鼓もお持ちではない。長持や調度品よりもこまかいお道具類は散逸しやすく惜しまれる。

  ふっと、掲出の歌が口をついた。初井しづ枝さん、私は帰宅するなり氏の歌集をさがした。明治33年姫路市のきわめて富裕な商家に生まれ、成人してやはりつりあう旧家に嫁がれる。北原白秋の芸術精神を受けつぎ、その気品と才華は各界の注目を浴び著書多数。昭和51年76歳にて逝去。

  そして追悼アルバムの、初井邸での文人達の写真が、まさに平井邸のお庭かと見紛うばかり。昭和29年撮影の女流達はみな着物姿。「目の前に散り来しかろき花びらは受けんとしたる手をそれゆきぬ」と姫路の桜が見えてくる。雛の季に雛の家を訪ね、ゆくりなく過去世の人々の声を聞いて、長き静けさを思った。



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