2010年 3月 4日 (木)

       

■ 〈保阪嘉内の短歌〉127 望月善次 星はまた清き光に

 星はまた清き光に輝きてはずかしい
  哉雪の地に立つ、
 
  〔現代語訳〕星はまた清い光に輝いています。(その空の下にいて)ああ、私は恥ずかしいのです、この雪の大地の上に立っていて。
  〔評釈〕「冷鴎 熱鴎 愛鴎」十三首〔『アザリア』第五号(大正七年二月二十日)〕の五首目。第二句は「清き吾」となっていたが、保阪本の書き込みには「清き光」となっているという『新校本宮澤賢治全集』の記述によった。一首の意味の特定の上からは、第三句までの「星はまた清き光に輝きて」とそれに続く「はずかしい哉」の関係をどう受け取るかが核心だろう。散文的論理からすれば「〜て……」とあれば、「〜」と「……」とには整合性のある関係がなければならない。が、文学的文章、就中、短歌等の短詩型文学においては、「て」を挟んだ両者の関係が整合的過ぎては面白くも何ともなく、両者が危うくつながった方が、面白い場合が少なくない。この場合の「て」も本来はそうした「て」ではなかったのかというのが評者の見解。もっとも、論理を前面に出し、空の星と地の雪、それに比べての自身の対比が「はずかしい哉」となるのだという解釈を否定するものではもちろんない。
(盛岡大学学長)
 

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