2010年 3月 10日 (水)

       

■ 〈口ずさむとき〉166 伊藤幸子 「惜別の唄」

 痛む胸庇ひて朝の雪を掻く雪はかすかに反響をもつ
  細川甫
 
  きさらぎ寒波の早朝、突然の訃報に驚いた。四十年来の歌の先達、盛岡の細川甫さん。あまりにも身近で慕わしい方だった。「命あるものさまざまな影負ひて訃報は不意に簡潔にくる」「癌型か卒中型かと交ごもに話題をなして仏事にゐたり」と詠まれたのは3年前の夏。不意に簡潔にくる訃報を、誰しもわが身と思わぬところに運命の叡智を見て粛然とする。

  実直な方だった。国鉄勤務が長く「轢死者の血糊のにじむ機関車の熱き車輪に灯をともしゆく」「貨車の間をせまく通りて帰るとき熱き車輪か夜霧に匂ふ」「夜の雨に濡れつつ貨車のとどまれり赤き尾灯をレールに染めて」といった職場詠が多く、また農作業にも汗を流す。

  「麦藁帽かたむけて撒く石灰に白くまみれて畝をゆく蟻」も大好きな歌。畑おこし、土の中和をはかり石灰をまく作業。あわてふためいて右往左往するアリがいる。アレアレ、お前たち、みんなまっ白になってしまって、体、重たくなったかや。作者はよく孤独な作業を詠まれるが、歌とか文学ではない世界で突如自分の行為がアリを走らせたことに驚く。ひたむきにものごとに熱中していればものの本質が見えてくるという見本のような歌。「歌は人なり」の箴言が思われる。「わが力しぼりて鎌を研ぎゐたり砥石の水の熱き昼過ぎ」ひたぶるに鎌をとぐ作者。三句で切り手の甲で汗を拭い、呼吸を整えるさまが見える。「砥石の水の熱き昼過ぎ」はありのままであろうし実感であろう。巧まずしてこの境地を詠めるのは、研ぐものの資質の違いといえようか。

  ものごとに対する観察眼はまた写真の世界でも活躍、休日晴天ともなればよくあちこちに取材に走られた。短歌と同じようにドラマ性のあるものが多く、フォトコンテスト入賞のご常連だった。吟行場面ではいつも撮ってもらい、さらにギター持参で盛り上げられた。

  今ごろだと「とほきわかれにたへかねて/このたかどのにのぼるかな/悲しむなかれわが友よ…」と「惜別の唄」をよく皆で歌った。今年まさか、氏を送る歌になろうとは、享年85。四半世紀「北宴」編集委員を務められた。今、すべて過去形での記述がこの上なく悲しい。

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