2010年 3月 14日 (日)

       

■ 〈早池峰の12カ月〉36 丸山暁 建築家に用はない

     
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  以前「田中の関所」で登場した外灯に、今回も登場してもらいます。同じような風景でも、テーマが違うのでご容赦願います。

  僕は子供のころから物を作るのが好きだった。「肥後の盛」(小刀)を持って山に入り小さな小屋を作ったり、板のきれっぱしでトラックや舟を作ったり、多分それが高じて建築やまちづくりの世界に足を踏み入れたのだと思う。

  大学を出て人間が暮らす空間づくり、都市計画をやりたくて、T工務店に入社した。大阪梅田再開発を皮切りに、最初の大きな仕事は、関西空港を埋め立てて作るか浮かせて作る(巨大な固定式空母のようなもの)かの運輸省での事業検討委員会や技術開発だった。

  その後も、サハリン沖に沈めるコンクリート製海洋石油掘削装置(S建設に持って行かれた)、東京湾や伊勢湾の海上都市構想や地下都市と若きエンジニアとしては大いに楽しめた。

  しかし何度か書いてきたが、経済一辺倒の巨大開発、乱開発に疑問を持ち、自分の理想郷、暮らしの場は、自分の手で作るしかないとこの地にやってきた。

  わが楽園は、住宅以外はすべて僕とかみさんの手仕事で作り手入れしてきた。畑から出た石を敷き詰め小道をつくり、石垣を積み、築山に石を配置し、木々を植え、農具小屋、まき小屋、温室を作り、ほぼこの世の理想郷に近づいた。その手仕事の一つが今回の外灯である。

  三陸海岸、気仙川の河原から、前輪が浮くほどトランクに石を積み、車のサスペンションを壊してしまい、修理代を考えるとただの玉石に銘石並みの出費をしたこともあった。木々の苗は、集落の許可を得て、周辺の山から引っこ抜いてきた。

  いわゆる、建築や建設業を飯の種にしてきた僕だが、僕が若いころ出合った建築関係のバイブルの一冊に「建築家なしの建築〓Architecture without architect〓」B・ルドルフスキー著(今も鹿島出版会から縮小版が出ているはず)がある。

  そこには、巨大な神殿、宮殿や専門家の設計やデザインによるのではなく、その地に暮らす人々が、その地にある材料と知恵で脈脈と築き続けた集落や建築が紹介されている。そこには地域の個性、暮
らしから生まれる美がある。僕の地域づくりの原点もそこにある。

  最近、景観論が盛んになってきたが、景観の原点は、人々の暮らしそのものである。家の佇(たたず)まいを見れば、住む人の個性や遊び心、品性までが見えてくるように、人々の美意識や日々の手入れが景観を作る。さて、わが家の佇まいを皆様はどうご覧になりますか。

  (丸山暁建築・空間工房、大迫・外川目在住)

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