2010年 3月 24日 (水)

       

■ 〈口ずさむとき〉163 伊藤幸子 「一周忌」

 昼ふけて人さまざまにある車中われは珊瑚の数珠をたづさふ
                                 森岡貞香
 
  人はさまざまな旅をする。私がこの歌を知ったころは、故郷に帰るというと仏事のことが多かった。40年代、盛岡発上野行常磐線直通急行列車が走っていて、乗りかえなしで福島の海辺の町に着けた。仙台から先は単線だった。「人さまざまにある車中」の長かったこと。「照りつけてかがやく墓石よりすさりけりへだたりて見るはかなしまむため」も強烈な印象をうけた。墓石といい数珠といい、大正生まれの偉大なる女流歌人のことは、なぞめいた魅力とともに常に心を占めていた。

  「紅茶をばささげて離れにわたりたれ槙の木のへりを流るるにほひ」「離れ屋と母屋のあひを小走りす新聞を届けるただそれのみに」三島由紀夫原作の映画「春の雪」を思い出す。上流貴族の豊かな暮らし、森岡家と三島家のつながりは小説の舞台とほぼ違わないという。

  陸軍将校だったご主人と二・二六事件も戦争もくぐりぬけたものの、昭和22年ご主人は病没。一子を遺される。同時代、軍関係の肉親を詠んで社会に印象づけた人々に斎藤史、河野愛子、また葛原妙子の作風もきわだった。

  森岡作品の「生ける蛾をこめて捨てたる紙つぶて花の形に朝ひらきをり」「椅子ひとつ余分に置けりこのへやに余分のたれも居らざる日々を」に見る意識の深さ。大西民子は帰らぬ生者に幻の椅子を置いたが、このへやでは亡き人の占める存在感が迫る。

  「死にてゆく母の手とわが手をつなぎしはきのふのつづきのをとつひのつづき」99歳の母上を送る歌。そのご長寿家系の氏が昨年1月30日、93歳にて心筋梗塞で亡くなられた。

  短歌総合誌の追悼特集で岡井隆さんが書かれている。「数年前から靖国神社の献詠歌選者として森岡さんとご一緒するようになった。(中略)昼食会には神社側の方も同席されるが、その主宰である南部宮司が今年はじめに急死された。昨年の昼食会のメンバーから二人が喪われたことになる。」と記される。

  岩手の殿様、南部利昭公は平成16年靖国宮司となられ21年1月7日、昭和天皇崩御20周年式典の直後みまかられた。享年73。一周忌、森岡さんには第九歌集「九夜八日」が刊行された。

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