2010年 3月 25日 (木)

       

■ 〈保阪嘉内の短歌〉135 望月善次 あさびらき、あさひは

 あさびらき、あさひは土にこぼれ降り
  白の伴天連並ぶ聖僧
 
  〔現代語訳〕停泊していた舟が、夜明けを待って漕ぎ出すような待望の朝が来ました。この朝、旭は土にこぼれ、白い衣を纏(まと)った神父たちが尊い様子で並んでいます。

  〔評釈〕「冷鴎 熱鴎 愛鴎」十三首〔『アザリア』第五号(大正七年二月二十日)〕の最終歌。「あさびらき(朝開き」は、「泊まっていた舟が、夜明けをまってこぎ出すこと。」〔『広辞苑』〕。「世の中を何に譬へむ朝開き漕ぎ去にし船のあとなきがごと」〔万葉集三・351〕などを引くまでもなく古来から使用されて来た語彙。少しくどいの誹(そし)りもあろうが、あえて古語の意味を生かした〔現代語訳〕にしておいた。「バテレン(伴天連・破天連)」は「pardreポルトガル語」により「神父」の意味〔『広辞苑』〕。今回少し迷ったところは、「白の伴天連並ぶ聖僧」における「伴天連」と「聖僧」の関係であった。つまり「伴天連」と「聖僧」とは同じ人たちを指すのか否かの点であった。結論的に言えば、「可能性としては両者が可能」、ただし、〔現代語訳〕においては「同じ人たち」を採ったということになる。なお、嘉内の家は神道であったが、盛岡時代には下橋教会に通うなどキリスト教への一定の親炙(しんしゃ)はあった。
(盛岡大学学長)


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