2010年 3月 27日 (土)

       

■ 〈保阪嘉内の短歌〉136 望月善次 思ふさま空気を吸へと

 思ふさま空気を吸へと深林の四月の芝
  の上にまろびぬ。
 
  〔現代語訳〕思う存分空気を吸え(という思いで)へと、時あたかも四月に当たり、奥深い林の中にある芝の上に寝ころんだのです。時あたかも四月に当たり。

  〔評釈〕「東京悲哀調」五首〔『アザリア』六号(大正七年六月二十六日)〕中の冒頭歌。『アザリア』六号は、『アザリア』の最終号にして、嘉内特集号の感のあるものである。多くの読者各位も知るように、嘉内は終業式の日たる三月十三日に、明確な理由も示されないままに「除名」を受けている。既に帰郷していた嘉内は、この思いがけない知らせを同日付の賢治からの書簡で知るのである。嘉内自身や賢治たち友人や嘉内の父善作の必死の働きかけも実らず嘉内の「除名」処分は覆ることはなかった。抽出歌も嘉内作品であることを前面に出して受け取る場合は、こうした嘉内をめぐる状況を背景に置かざるを得まい。多くの人が希望に燃える春四月に、嘉内は失意のままに空気を吸い、おそらく空を見上げねばならなかったのである。「ノート ひとつのもの」の三月三十一日には「死ぬる思ひにくらぶれば」八首があるが、まさにこの題名さながらの心境の嘉内が、芝生の上にいるのである。
  (盛岡大学学長)

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