2010年 3月 29日 (月)

       

■ 〈風のささやき〉18 重石晃子 春を待つ

     
   
     
  この原稿を書いている今は雪景色で、ご近所の庭木も真っ白に雪をかぶっている。家の前の道はスケートリンクのように凍り、わたしはおっかなびっくり歩いている。われながら笑ってしまうおかしな格好だが、転ぶ心配が先に立つ。

  しかし一日の日の長さはどんどん長くなり、春は少しずつ近づくのがうれしい。盛岡の花の時期は、梅も桜も同じだが、他の植物の花もまるで約束でもしたように一斉に咲く。天も地も花に埋まる、そんな春はもうすぐやって来るだろう。

  アトリエのガラス戸越しにちらちら降る風花を眺めながら、目の前に背の高いコブシの花の木を一本想像してみる。今はアトリエの前庭は石ころだらけだけれど、土を入れ替えたら、ちょっとした庭になりそうである。

  コブシは季節に先駆けて新芽よりも早く、真っ白い清楚な花を咲かせる。白いこぶしの花ならば、坂道の下の方からでも見えそうだし、なにより先に春が来たことを感じさせてくれるだろう。私はそう思って、コブシの木を植えるつもりであった。

  深沢紅子野の花美術館で、紅子先生のご次男である深沢門太氏の講演があり「母としての紅子」と題してのお話があった。その中のお話で、母さんは何の花が一番好きなの?と聞くと、「コブシの花」、2番目に好きな花は?「忘れな草」、3番目は?「ツタのある花」とのお答えだったそうである。

  紅子先生もコブシの花がお好きだったのか、私はちょっとうれしかった。やはり、あの白いふっくらとしたつぼみの清楚さは絵心を誘ったのだと改めて思う。

  講演を聴いていた友人の一人が、わたしにそっとささやいた。「コブシの花は良いけれど、木はどんどん大木になるし、わが家はこの樹木の陰で暗くなって、困ってるよ、あれは山の樹だからねー」と言った。わたしはドキリと驚いた。生命力あふれる季節の「清清しい青空に浮かぶふっくらした白い花」としか考えていなかったのだ。花の時期はほんの少し、樹木としてのコブシはどうなのか、少しは考えなければならないことであった。

  まだアトリエの前庭には、何も植えてはいない。殺風景に雪が降り積もっているばかりだが、コブシの花の夢はまだ心にある。何を植えようか迷いながら、ガラス戸越しに今、春を待っている。(画家、盛岡市在住)


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