2010年 8月 1日 (日)

       

■ 〈早池峰の12カ月〉56 花になりたい 丸山暁

     
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  人がみな我より偉く見える日は、庭の花見て一人戯(たわむ)る。どこかで聞いたような句だが、そんな気持ちになる日もある。勇気を出して、自分なりにやれることはやったのだが、やはり、どこか一人よがりで失敗してしまうことがある。

  そんな時は、誰のせいにもできず、ただじっと耐えているしかない。じっと耐えるといっても、心までじっとしているわけではない。心はザワザワうごめき、ああすれば良かったかな、こうもすればと、いろいろな考えが頭を駆け巡る。

  その点、花は偉い。じめじめした湿気にもくさらず、数日続いた嵐にも耐え、今度は灼熱の太陽の下で輝きを増し、僕たちを和ませてくれる。僕もそんな花になりたい。

  しかし、花は本当に何もせず、ただじっと、その場でのんきに花開いているのだろうか。

  そうではない。ある一瞬をとらえれば、変わらぬ様に見える一群の花たちも、一輪一輪見れば、花開いたり、枯れていったり、茎の根本で蕾(つぼみ)になっているものもあるだろう。

  もっと言えば、じっとしているかに見える花たちも、常に根から水や養分を吸収し、太陽の光を受け光合成を行い、自らの細胞を刻々と再生し、姿を形作り続けている。

  そう考えると、先に「花はじっと耐え」と書いたが、表向きにはじっとしているようでも、姿形は同じに見えても、花たちも懸命に生きる努力、成長(たとえ死に向かっていても)、すなわち再生し続けているのではないか。

  人間も、ある一時期をとらえれば、姿形はほとんど変わらない。デブが一生懸命ダイエットだと、減量に努力しても、そうそうやせるものではない。このことは世界中のレディーたちがご存知だろう。

  しかし、人間の体を形作る組織は、休むことなく細胞が死滅し、たんぱく質を合成し、常に再生を繰り返し、目に見えない次元での体の細胞は、数日で新しくなっているという。

  であれば、人間の心の揺りかごである脳も細胞からできており、細胞が常に再生するなら、苦しみや悩みも数日で忘れ去ってくれればいいのだが、これもダイエットと同じでそう簡単に苦しみや悩みだけが消えるものではない。

  脳と言う奴は、個々の細胞は入れ替わっても、遺伝子とやらが自己複製して、脳全体としては意識や記憶を継続していく。だからこそ、人間の個人のアイデンティティー(独自性)が保たれる。

  まあ、楽しいことだけではなく、失敗や悲しみも積み重ねての人生である。

  (丸山暁建築・空間工房、大迫・外川目在住)

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