2010年 8月 18日 (木)

       

■ 〈口ずさむとき〉190 伊藤幸子 鈴虫

 心もて草のやどりをいとへどもなほ鈴虫の声ぞふりせぬ
                                源氏物語

  酷暑の日々、高原の別荘地は活気づく。ふだんは閉まっている門扉も開かれ、さっぱりと草刈りもされて、家々の灯がふえてゆく。昨日、ある別荘に遊びに行った。東京からこの八幡平温泉郷にいらして週末をすごされるS先生ご夫妻のお宅。ここで笑い話に興じた。

  あれは6月はじめだった。東京に戻られる先生に私は鈴虫をおみやげにさし上げた。先生の車は超高級外車。傘寿とは思えないハンドルさばきで毎週のように通われる。

  翌週、私は鈴虫が都会の暑さに弱っていないかと電話で聞いてみた。あの時の先生のあわてようは、今思い出してもおかしくなる。ウン、とかアッ、と叫ぶなり受話器が置かれた。ややあって、「伊藤さん、生きてましたよ、鈴虫!」と折り返し電話。「ごめんごめん、すっかり忘れていました。あわてて車を見たらいました、いました!ちゃんと生きています」とのこと。なんと、まる1週間も炎天下の車の中で、たった三片のキュウリと土床にもぐってよく生きながらえたものだ。

  私はすぐさま山荘に走り、3匹の鈴虫と対面。先生も涙ぐむほど喜んで下さった。そして、今度帰るときはまた忘れるといけないから、やっぱりあなたが育ててと返された。そっとキュウリを2本下さるので「エッ、これ、養育費ですか?」と大いに笑ったのだった。

  こうして鈴虫たちは今、私と共に暮らしている。日中はさすがに暑いのか静かだが、夕方ともなるとそれはにぎやかだ。切々と、生の証明を根かぎり奏でる。明方に鳴く時もある。

  まだ寝足りない未明に鳴かれると、ふと古典の世界に思いをはせる。大冊「源氏物語」の鈴虫の巻。2千円札の絵柄の巻だ。「鈴虫は心やすく、今めいたるこそらうたけれ」(鈴虫は親しみやすく賑やかに鳴くのがいじらしい)と源氏の君がおっしゃるので、出家された女三の宮の心はゆらぐ。

  掲出歌はそんな宮に源氏の君が「ご自分からこの世を疎ましく思い捨てられたあなたですが、やはり鈴虫と同じく今も美しいですよ」と讃えられ、鈴虫の宴はたけてゆく。耳をすませば鈴虫と共に、華やかな殿上人達の管弦の音が聞こえてくるようだ。
(八幡平市、歌人)



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