2010年 8月 19日 (金)

       

■ 〈春又春の日記〜肴町の天才俳人〉11 古水一雄 第六(その1)、第六の弐

     
   
     
  「第六(その1)」と「第六の弐)」との関係を説明してから内容に入りたい。

  「第六(その1)」には表紙に「自六月九日、至三十日 22日間」と書かれていて、「第六の弐)」には「自六月拾弐日、至六月十六日」と書かれている。「第六の弐)」は「第六(その1)」に含まれるべき日記なのである。

  なぜ、このようなことになったかというと、春又春は時折下ノ橋で自転車店「久保寅」を商う叔父のところに出向いて「帳上げ(経理)」の手伝いをしていて、時には泊まったりすることもあったのだが、6月11日に泊まって翌日帰ってくるときに日記を忘れてきてしまったのである。下の橋からその日記が届けられるのを待っていたが、下の橋の方でも気づかずにいてやっと15日になって見つけ、17日になって届けてくれたのである。その間春又春がやむなく別ノートに書き付けた日記が「第六の弐)」というわけである。

  この二つの日記には伊藤左千夫との交流と、石川啄木に関する感想が書かれているので、分けて述べていくことにしたい。
 
  まず、春又春と伊藤左千夫との交流から始めたい。

  明治36年(1903年)6月、子規の短歌革新の意志を継承して伊藤左千夫(いとうさちお)・長塚節(ながつかたかし)・蕨真(わらびまこと)たちによって短歌雑誌「馬酔木」が発刊された。春又春も発刊当初から短歌の投稿をしていたようで、その第3号に紅東の雅号で2首が初掲載されていることは、この連載のFで紹介した。

  その後、左千夫選として第6号に1首、第7号に2首、第9号に5首、第11号に2首、第12号に1首、第13号2首、第14号4首といかんなく歌才を発揮している。

  明治38年(1905年)3月に正則英語学校を家業の手伝いのためやむなく退学し、帰盛した後もすぐに星山月秋(ほしやまげっしゅう)・高橋楓岡(たかはしふうこう)・次弟の櫓古人(ろこじん)に声をかけ杜陵短歌会を再興している。

  日記の記述はないが、明治38年4月28日付の左千夫から春又春にあてたはがきのなかに「杜陵短歌会歌稿有難く存じ候」とあり、しかも杜陵短歌会の第1回、第2回分であるところからも、帰盛早々に杜陵短歌会の活動が始まったと推察されるのである。
 
  (6月12日)

  拝復盛岡名物笹餅わざわざ御恵送被下
  (クダサレ)有難御礼申上候古代質朴の
  遺習(いしゅう)誠に面白く存候当地屈
  原(くつげん)を慕ふの習慣如何な事情
  あるにや伺度候(うかがいたくそうろう)
  小生は屈原大崇拝者に候
  どうやら歌にもなりさうに感じ申候
                  早々
     東京市本所茅場町
          伊藤 幸次郎
 
  幸次郎(こうじろう)は左千夫の本名。搾乳業を営む傍ら、茶の湯、和歌を学ぶ。3歳年下の正岡子規に明治33年(1900年)から師事し根岸短歌会に参加している。子規亡き後、短歌雑誌「馬酔木」「アラゝギ」に携わり根岸派の中核として活躍した。

  春又春との交流は「馬酔木」への投稿がきっかけとなり始まったものである。上京遊学中には左千夫宅に招かれて新年歌会(明治37年11月19日開催)に参加し、同じ月に馬酔木発行所で行われた11月歌会にも同席している。

  先にも述べたように、春又春は、帰盛直後には杜陵短歌会を主宰して「馬酔木」にせっせと歌稿を送っている。そうしたなかで6月6日に「笹餅ヲ海軍帽の紙箱ニツメテ東京左千夫翁ニ送ル、(略)手紙添ヒテソノ喰ヒ方ナド云ヒヤル」としていたことに対する左千夫からのお礼のはがきが届いたのであった。笹餅の由来を問われた春又春は次のように返信している。
 
  (6月12日)★日記中返信の下書き
  御返事申し上げ候
  屈原ノ故事ハ小生中学校ニ在リタル時分
  五月節句ニ漢文ノ先生カラ聞キタルニテ
  候
  屈原ハ汨羅(べきら)ニ投ジタ楚人(そ
  ひと)コレヲ聞イテ駆ケ付ケタガ屈原ハ
  已ニ死ンデ仕舞ツタコノ日ハ節句デ餅を
  舂(つ)イテアツタガ川岸ノ青笹ニソレ
  ヲ包ンデ川ニ投ジ悲シンデコレヲ祭ツタ
                (中略)
  当地ノ笹餅モ芋ノ子ノ如クスルハ昔カラ
  ノサダメニ候笹餅ハ当地ノミノ名物ニア
  ラザルベクトイフ事
   屈原 中国戦国時代の楚の政治家・詩
   人汨羅 中国湖南省東北部を流れる
   川、湘江の支流
 
  笹餅のほかに絵葉書・南部絵暦・南部鉄瓶など亡くなる間近まで折りにふれて贈ったりしている。しかし、「馬酔木」に送る歌稿の方は次第に少なくなり短歌への関心が希薄になっていく。これについては次回に改めて述べることにしたい。

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