2010年 8月 25日 (水)

       

■ 〈口ずさむとき〉191 伊藤幸子 河野裕子さん

 たとへば君ガサッと落葉すくふやうに私をさらつて行つてはくれぬか
                                 河野裕子

  河野裕子さんが亡くなられた。お盆14日の各新聞は写真入りで、「12日夜、京都市の自宅で乳癌のため死去」と告げている。12日は大型台風4号が西日本を直撃、日本海側を北上した。

  私はお盆さなかの早朝に、自分と同年齢の第一線女流歌人の訃に接し、言葉を失った。重篤とは聞いていたが今までも何度も持ち直し、執筆も続けてこられたので、本当に驚いた。

  思えば長いこと、氏の歌を読んできた。私が宮柊二門に入会した22歳のとき、すでに河野作品は眩(まばゆ)い存在で、昭和44年には第15回角川短歌賞を受賞。掲出歌は47年出版の第一歌集「森のやうに獣のやうに」の代表歌である。

  のちに結婚される永田和宏氏の「あの胸が岬のように遠かつた。畜生!いつまでおれの少年」と共に「一瞬に金無垢の炎と燃えあがれる語感の魔を秘めている」と、作家秦恒平先生を唸(うな)らせた。

  また先生は、河野作品の「たつぷりと真水を抱きてしづもれる昏き器を近江と言へり」を絶讃、しばしばご自分の小説「冬祭り」「みごもりの湖」等に引用された。

  琵琶湖は悠久の時間を抱いて沈黙する「昏き器」。その湖の南岸に育った彼女が、対岸生まれの細胞生物学者永田氏と結ばれたというのも、綾なす縁(えにし)のふしぎさといえようか。

  氏の第十三歌集「母系」で、迢空賞と斎藤茂吉短歌文学賞をダブル受賞した昨年、角川の「短歌」9月号が「河野裕子のすべて」という特集を組んだ。普通は受賞者本人に終始するものだが、ここでは「私のおかあさん」と題した三人の子どものエッセイが目を引く。

  長男の永田淳、長女永田紅、そして長男の妻の植田裕子さんの、心あたたまる文章がいい。家族全員歌人という稀代の歌道の方々の、それぞれの遠近感が実に親しく、今、あらためて故人となられた人の豊潤な世界を思う。

  私が最後に河野さんとお会いしたのは一昨年春、角川の全国短歌大会の会場だった。美しい和服姿で声にも張りがあった。「時間切れとふあらざる時間が加勢して成りたる稿がまだ熱(ほめ)きゐる」と呼応して「あなたにもわれにも時間は等分に残つてゐると疑はざりき」と背の君の歌。64歳、残酷な時間がかけぬけていった。
(八幡平市平笠、歌人)

本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします