2010年 9月 15日 (水)

       

■ 〈口ずさむとき194〉 伊藤幸子「酒の歌」

 徳利の向こうは夜霧、大いなる闇よしとして秋の酒酌む
                            佐佐木幸綱
 
  「昼間のうだる熱気の記憶が、アスファルトから立ちのぼる夕暮れに、表戸を外したいつものカウンターへたどりつき、コップのひやを、なみなみと一杯。口からお迎え、減ったところに受け皿にこぼれた酒をつぎ足し、またお迎え。コップのひやはほんとうにやさしい。最初から最後まで同じ顔で付き合ってくれる。なぜこんなに『ひや』にこだわるのかといえば、夏バテの体には、体温より少し低い室温の酒がなによりうまく感じられるからだ。」

  ほんに暑い夏だった。自然冷房の自宅に堪えがたくなるとよく図書館や書店に逃げこんだ。涼しく広い書店の天井までの書棚を見上げ、あれこれ物色する。そうして行く度に買った杉浦日向子さんの文庫本がたまった。ウン、ウンとうなずきながら読むうちに「ひや酒」の引用が長くなった。彼女こそ、本当の酒のみ。

  テレビの人気番組の江戸文化解説者としてもおなじみで、粋な着物姿で絵師であり小説家であり、その博識な言動は常に人々を癒しの風に包みこんだ。

  掲出歌は酒豪で知られる現代歌壇の幸綱氏。「とっくりの向こうは夜霧」、なんと魅力的なフレーズ。また「長生きはめでたしとのみ言えざれど酒飲むための一生長かれ」「人肌の燗(かん)とはだれの人肌か こころに立たす一人あるべし」とも詠まれる。おそらくほろ酔い気分で作られたか、歌だから言える本音であろう。若山牧水全作品のうち、「酒の歌」は367首あるという。「私もなんとか、牧水に近い数の酒の歌を作りたい」と書いておられたことがある。

  おとなり中国では杜甫の詩に、李白を詠み「李白は一斗、詩百篇/長安市上、酒家に眠る/天子呼び来れども船に上らず/自ら称す、臣はこれ酒中の仙と」とある。酒は豪快に、飲むほどに酔うほどに、詩心昂揚を望みたい。

  さて、上戸はあまり食べずに飲むと聞くが、日向子さんもその口で、体に悪いと知りつつ嘗め物ぐらいでの飲酒が多かったようだ。何か一品と問われれば「塩ご飯」と答えて、平成17年、47歳の若さで旅立たれた。あちらでも「めでたやな下戸の建てたる倉もなし、上戸の倉も建ちはせぬけど」と、ごきげんで杯を運んでおられるだろうか。
(八幡平市、歌人)


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