2010年 9月 22日 (水)

       

■ 〈口ずさむとき〉195 伊藤幸子 幻想

 幻想をわれら生きたりしのみなりや〈戦中〉永く〈戦後〉短し
                          田井安曇

  昨年1月発行の第十二歌集「千年紀地上」より、これは2000年夏の作。作者は昭和5年長野県生まれ。戦後、土屋文明に影響を受け、昭和27年より東京下町の公立中学校教諭。近藤芳美主宰「未来」で活躍、本歌集にてことし第25回詩歌文学館賞を受賞された。

  その5月の贈賞式には、俳句部門の星野麥丘人さんと同時受賞。なんとお二人はかつて20年間も職場の同僚であられた由。「世の中こういうこともあるのか」と壇上笑いに包まれた。

  「作らずにおればたちまち三十日経(ふ)かくのごとし詩は日常ならず」「暁の時間を飛ぶがごとく居き書くというはかなり魔との取引」創作活動の心がまえ。暑いとか疲れたといって書かずにいればたちまち時間はすぎてゆく。

  選評で小高賢さんは「田井さんは政治と文学を正面から引き受けた歌人」と評された。「湾曲する日本のある時期を生きいるとまざまざと吾は思わねばならぬ」「わろき仕置は温厚の面持をもちて来る死にし小渕氏生ける森氏二人」固有名詞をはっきり出して、まさに今の日本の総理決定の瞬間などは、氏の手法ならどのように描かれるだろうか。さまざまな薫習(くんじゅう)、人物月旦(げったん)の詠み口に興味が注がれる。

  「いとけなく寄りしふたりに子が生まれ死に死に死にて妻は生きにき」「二十九にて亡くなりし重吉に九十余の登美子を待ちて石を並ぶる」衝撃的な歌を詠む。「生まれ生まれ生まれ 生の始めに暗く/死に死に死に 死の終りに冥し」とは空海のことば。

  そして吉野秀雄に「重吉の妻なりしいまのわが妻よためらはずその墓に手を置け」の歌がある。さらに「これやこの一期(いちご)のいのち炎立(ほむらだ)ちせよと迫りし吾妹(わぎも)よ吾妹」との哀切な「寒●(蝉の旧字体)集」の前妻への挽歌。

  私は文学史上でのみ、八木重吉の詩や吉野秀雄の偉業を読み鑑賞の域を出ていないが、年を経てあらたな一巻に、別な角度から光が当てられているのを見ると胸がふるえる。恋をし、結ばれ、必死に生きて遺された作品群。怠惰な日々にこうしてこの本を手にとり、作中人物たちと会話し得た僥倖に感謝。「黙(もだ)ふかく人はこの世を罷りゆく次ぎつぎて次ぎ齢に別なし」おくつきに彼岸の陽光が照っている。


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