2010年 9月 29日 (水)

       

■ 〈口ずさむとき〉196 伊藤幸子 「秋の七草」

 梨棗黍に粟継ぎ延ふ田葛 の後も逢はむと葵花咲く 万葉集

  万葉集巻十六に「作主のつばびらかならぬ一首」としてこの歌がある。読みは「なし なつめ きみにあわつぎ はうくずの のちもあわんと あおいはなさく」。「黍」はキビ、キミとも言われ「天平宝字八年三月 伎美二升」などと見える。もちろん今でもキミ、イナキミの通称あり。一読忘れがたく、私などは意味も深く考えぬまま、次々とその植物を思いうかべて、畑のキビ、アワを眺めていたものだ。

  ナシ、ナツメと花咲き、キミにアワが続いて実る意味をかけ、逢うことのさらに続いてほしいとの願いをこめる。「延ふ田葛(くず)の」は枕ことば。クズのつるが一度分かれてもまた合うように「のちも逢はむとアフヒ(葵)が咲いている」ととる。「君に逢ふ日」を願う一心がかくも濃く強いこと、葛の生命力にたぐえて秀抜だ。万葉びとの花暦、ここでのアオイは葛のあとにきているので冬葵、寒葵の説が一般的。

  見る花よりも収穫の秋、アワ、ヒエにまつわるおもしろい話もいっぱいある。「アワまき」などと誰が言ったか、大らかな艶笑譚(えんしょうたん)を小耳にはさんだ乙女子のまっ赤な耳朶(じだ)が目にうかぶ。

  いささか品下ったところで、梨花一枝、「白楽天」に遊びたい。「漢皇色を重んじて 傾国を思ふ」に始まる七言百二十句の「長恨歌」。「後宮の佳麗 三千人/三千の寵愛 一身に在り」と歌われた楊貴妃の波乱の詩。絶世の美女を得たばかりに帝はまつりごとを怠り、安禄山の乱にて楊貴妃は殺された。後に仙女となった楊貴妃を、白楽天は「玉容寂寞涙欄干/梨花一枝春雨を帯ぶ」と詠みあげた。時も国も異なれど、「梨 なつめ」と歌い出す万葉人にも、梨花を愛でる品高き感性が伺いとれる。

  さて秋の七草といえば、山上憶良の「秋の野の花を詠む二首」がある。「秋の野に咲きたる花を指(および)折りかき数ふれば七種(ななくさ)の花」として「萩の花尾花葛花なでしこの花女郎花(をみなへし)また藤袴朝貌の花」が有名だ。春の七草ほど語調がよくないので私は勝手に「萩尾花桔梗なでしこをみなへし葛藤袴秋の七草」と変えて暗誦。「朝貌」は今の朝顔、また桔梗ともいわれるが、やっぱり改ざんは憶良さんに悪いかと反省している。
(八幡平市、歌人)


本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします