盛岡タイムス Web News 2010年 12月 3日 (金)

       

■ 〈野村胡堂、学友たちの手紙〉2 八重嶋勲 「猪川浩」今年は意地悪くも鮎の来らざる

 ■3半罫紙 明治30年8月24日付

宛 陸中國紫波郡彦部村字大巻長沢尻野村
   長四郎様方 野村長一様 大々的至急
   要件

発 岩手郡西山村西根 尋常小学校内にて
    猪川浩拝

(上欄外)

おみなえし   
  女郎花    
  胡蝶もまごう 
  からす菜の花  
 
霜とんぼ
  秋の日に
  す(し)をるゝ蜻蛉の
  霜に消ゆるを
 
七夕祭り    
  七夕祭(たなばた)や   
  待ちわびけりな   
  今宵哉     
 
梨子の花
  梨子の花
  たつ朝霧に
  埋もれけり
 
無題
  憂き事を     
  心ではらさん    
  よひ霖雨     
 
  なんでもと
  思ひし心は
  秋の空
 
  如何にしても出盛の節は諸子に香の者取らさんと思へとも今年は意地悪くも鮎の来らざると殊の外余らくたん失望致し居り候
 
初葺
  はつだけや    
  笑らはん事の    
  誰か有るに    
 
  心ある
  者に知らるゝ
  荻の花
 
拝啓残暑之處其へ相増し日頃は東も西も曇り勝にて御座候て、至極近頃の天氣も厭(う)き事には候共、拙者事家に打籠りちらほらちらほら雑誌を見閲致し居り候處、漸く厭き勝にて空と土用休み消え行くを悲み居り候處、先日不意に出盛致し溜学せし友と舊(旧)情ノ美人と手を連らねて七夕祭を見るに逍遙なし又心に籠る愛情の緒をだに口どき互ひに悦び帰宅致し候、其後は又紅塵を何百町の外に洗避して舊の水明山紫閑静なる一室に洗塵庵と名つけて閑居致し居り候、思へは先きの日彼と手を連ねて逍遙せし事のみ思ひ出てゝ寝ても起きても現か夢にまほろしに彼れが顔のありありと見江候て、面白人の来るをもらく思ひ美人の膝とたのしみFictionも手に取るももどかしく閉目して又洗塵庵に立籠る樓(楼)主人とは相成り候、『瀧つ早瀬も末は流れて鏡なす池の面の漣(さざなみ)よりも静かとなり狭きには早く廣きには遅しと又浮沈みは世の慴ひ』君には神通の力を以て吾が是の孤城落日の有様を某再ひ廻復なし他日余がWifeとならせられん事を乞ふ、其は兎も角も御手簡拝見致し候處、君には既に五六の御著作なされ候由、余管只驚愕致し候、余は耻かし乍ら彼れの為め終日欝々として凌き又覧(賢)君の如き大なる著作もなさず土用休假も僅々十日にたらぬ程に相成り候、之れ神聖の愛情の害する處か果して然るか是れLoveのなす所か君假閑らあば一簡を乞ふ』扨(さ)て御蔭を以て漸くFictionを書くに附きての要量(領)を得て實に喜欣して又舊(旧)に復し候、君は謙て多作家と貴ばれ候らへば、容易に五六の著作をなされ候とは存じ居り候、余彼れの為めに日を欝きて壱のなす所もなければ誠に赤面の致りに『耻而不行下等人也』と余君に對して一目も耻(はず)かしくさりとて耻ちしを実行する事態ハず遂に又下等の堺遇に迄で落ち候、今更心を改して如何に萬空の血熱を急いで拙筆に一鞭あげて白紙を縦横に跋扈せしめんと思へども如何せん筆進まず是れ畢竟(ひっきょう)心に餘る憂事を談す人だも無く只一室に心と共に閉ぢ籠めて語る日とだも無き故堅く心に固りてありければ寝語も言ふ事なれば如何て鮮明なる無垢なる思想を思ふ通りに書かんとなす故を以て筆のすぶりて書きし字の見紛け得ずさればこそ君に向て耻辱として暫し赤面たるなり、余戀の病なるか否々…又文面を讀み續げ(け)候て学生の風儀たるあり、彼是を見るに附けて又暫し耻辱たり、然れども又一種の大なるに得る事の御座候、其は外ならずLoveについてなり、

一、神聖の愛情 
一、わいせつ的愛情
一、娘の正に他に嫁せんとする時の心 
一、同上母の心
一、男より愛情されたる女の心 
一、女より男に愛情せし女の心

斯く如くに御座候、思ひこかれし為めに又一つの想を見出し悦び居り候、今より速らぬ筆の渋りがき只あたら白紙を辱すより今より能く想を練り候て、後に書かんと存じ居り候、貴君の御忠告に依て漸く胸を開き候、かどかどあり先づ着想を練らざればなるべからずと云ふ事を開き候、Fictionを書くは何の為かなり△即ち御高諭下なされ候通り調刺或人情の自然、浮世の自然及其情態を箇人又は社會に付いて写す事又は人間界自然界の美を画く事に御座候らへば尤も着想をたん練□ざればあるべからず、若し左もなくば死物となりて彼の喜曲的に陥り眞の人間界自然界の美を写實する事能ハざるに致候、余今日まででの頑固なる笑ふのみ君能く余をせめ給ふなかれ』
さて私儀外に之科とてなければいたく困却致し居り候、覧(賢)君第一の善き想を与へ給へ再三願ふのみ』後藤氏よりの御報知に此暑氣を避くるには晝(昼)寝して美人を見るは第一の仕方なりと、否余は左にあらす洗塵庵に閉籠りて夜初更に明月を友として想を思ふの楽ささ左なくば大なる円扇にて自れの身ををヽぐぞ第一の法なり、君又一法を案思して之の暑を避けよか避けよか』打つもたゝくも僕には発句は出來ず哀れと思召して君上欄の発句の添削なす候事を一偏に乞願ふ、扨て出盛の儀は遅く相成り候、如何となれば先生既に制限を附けて約倹を行ふとて一日間も速くは不置かずと君宜しく脳隨(髄)に留め置き給へかし、君猪狩氏に訪問なせし事ありや否や、猪狩氏の消息如何に、
  八月下旬       猪川浩拝
   野村長一様
 
  【解説】猪川浩は、猪川静雄先生の遠縁に当たるらしい。俳号箕人。後に長一と秋田俳句行脚に出かける。出身地は岩手郡西山村西根、現在の雫石町の北部、葛根川流域の集落で長山の隣接。長一の一級下、石川啄木と同級。岩手県尋常中学校一年の夏休み中の過ごし方を通信してきている。長一はもう大作を五、六編を書いているという。

  自分も創作活動をしようと思うが、七夕祭りに盛岡に出た際の美人との恋愛感情が邪魔して創作ができないと悩んでいる。手紙の欄外に書いた俳句七句の添削を乞っているのが面白い。

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