盛岡タイムス Web News 2010年 12月 5日 (日)

       

■ 〈音読・現代語訳『あこがれ』石川啄木〉36 望月善次 偶感2首

 暁近く一人目覚めている私に聞こえて来た郭公の声、この郭公は、私の生、私の詩が不滅であることを証してくれる大切な友であり、私もこの郭公のように永遠の生を歌い続けようと思うのです。
 
  ■偶感二首の二 閑古鳥〔七四五調〕
 
暁(あかつき)迫(せま)り、行く春夜はくだち、
燭影(しよくえい)淡くゆれたるわが窓に、
一声(ひとこゑ)、今我れききぬ、しののめの
呼笛(よぶこ)か、夜(よる)の別れか、閑古鳥。
 
ひと声聞きぬ。ああ否、我はただ、
(悵《いた》める胸の叫びか、重息《おもいき》の
はるかに愁ひの洞《ほら》にどよみ来て
おのづとかへる響か、ああ知らず。)
ただ知る、深きおもひの淵(ふち)の底、
見えざる底を破りて、何者か
わが胸つける刃(は)ありと覚ふのみ。
 
をさなき時も青野にこの声を
ききける日あり。今またここに聞く。
詩人の思ひとこしへ生くる如、
不滅のいのち持つらし、この声も。
 
永遠(とこしへ)!それよ不滅のしばたたき、
またたき!はたや、暫しのとこしなへ。
この生(せい)、この詩、(しばしのとこしなへ、)
或は消えめ、かの声消えし如、
消えても猶に(不滅のしばたたき、)
たとへばこの世終滅(をはり)のあるとても、
ああ我生(い)きむ、かの声生くる如。
 
似たりな、まことこの詩とかの声と。│
これげに弥生(やよひ)鴬(うぐいす)春を讃(ほ)め、
世(よ)に充つ芸(げい)の聖花(せいくわ)の盗(ぬす)み人(びと)、
光明(ひかり)の敵(かたき)、いのちの賊(ぞく)の子が
おもねり甘き酔歌(すゐか)の類ならず。
健闘(たゝかひ)、つかれ、くるしみ、自矜(たかぶり)に
光のふる里しのぶ真心の
いのちの血汐もえ立つ胸の火に
染めなす驕(ほこ)り、不断の霊の糧(かて)。
我ある限りわが世の光なる
みづから叫ぶ生(せい)の詩、生(せい)の声。
 
さればよ、あはれ世界のとこしへに
いつかは一夜(ひとよ)、有情(うじやう)の(ありや、否)
勇士が胸にひびきて、寒古鳥
ひと声我によせたるおとなひを、
思ひに沈む心に送りえば、
わが生、わが詩、不滅のしるしぞと、
静かに我は、友(とも)なる鳥の如、
無限の生の進みに歌ひつづけむ。
 
  ■偶感二首 偶感二首の二 「閑古鳥」〔現代語訳〕
 
  (明治三十七年五月二十日の暁が近い頃、ふと目醒めて、岩手の晩春の夜風にしっとりとしている消え残った灯の下、広く世間一般の人が眠っている中、私のみが目を覚まして筆をとったのです。)
       
暁が迫り、晩春の夜も終わりに近づき、
灯の影も淡く揺れている私の窓に、
一声、今、私は聞いたのです、(ああ、それは)東雲の
呼び子笛か、それとも、夜の別れなのでしょうか、あの郭公の声は。
 
一声を聞きました。いえいえ、そうではありません、私は、ただ、
(傷ついている悲しい胸の叫びでしょうか、それとも、重い息が
この愁ひ洞とも呼ぶべきこの胸に響いて来て
自然と反響する響なのか、ああ私には分からないのです。)
(私には)ただ分かるのです、深い思い淵の底、
見えない底を破って、何者かが
私の胸を突いた刃があったのだと。
 
幼い時も、青々とした野原にこの声を
聞いた日ありましたが、今また、ここに聞くのです。
詩人の思いが、永遠に生きるように、
不滅の生命を持つようですね、この郭公の声も。
 
永遠(とこしへ)!それこそ、滅びることのない瞬きなのです、
瞬き!これこそ、一瞬がもつ永遠性なのです。
この生、この詩、(一瞬がもつ永遠性、)
或は消えるかもしれません、あの郭公の声が消えたように、
(しかし)消えても猶(滅びることのない瞬き、)
喩えて言えば、この世に終りがあるとしても、
ああ、私は生きようと思います、あの郭公の声が生きるように。
 
本当に似ていますね、この詩とあの郭公の声とは。│
これは本当に、この弥生三月、鴬が春を讃え、
世間に溢れている「芸術の聖い花」の盗人、
光りの敵、生命を奪い取る者の子が
おもねって歌う甘い酔いどれの歌のようなものではないのです。
(そうではなくて)奮闘し、疲れ、苦しみ、自らへの矜持に
光の故郷を偲ぶ真実の心の
生命の血汐が燃え立つ胸の火に
染めつくす誇り、絶えることのない霊の糧。
生命ある限りの、私の世の光である
自ら叫ぶ生命の詩、生命の声なのです。
 
ですから、ああ、世界の永遠に
いつかは、一夜、有情(それがあるかどうかは分かりませんが)の
勇士の胸に響いて、郭公が
一声私に寄せてくれた訪れを我にを、
思いに沈む心に送ることができれば、
私の生、私の詩は、不滅であるという証拠なのだと、
静かに、私は、友であるなる鳥、郭公のように、
無限の生の進展を歌い続けようと思うのです。

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