盛岡タイムス Web News 2010年 12月 8日 (水)

       

■ 〈口ずさむとき〉206 伊藤幸子 「新しい冬」

 あたらしい冬となりたり。復活におもむく我か或(ある)はほろびか 
                                      狩野一男

  「宮城県切つてのゐなか、栗原郡花山村が俺(オラ)好ギデガス」と詠まれる作者の故郷栗原郡は、平成20年6月14日に発生した岩手宮城内陸地震によって、潰滅的な被害を受けた。「大地震わがふるさとを急襲し後(おく)れてわれをウツがおそひき」とは、前年2月クモ膜下出血で倒れ、3カ月も意識不明の状態から奇跡的な生還をとげた経過を示すもの。あいつぐ災禍に、心身の打撃いかばかりかと思いみる。

  平成20年10月刊行の作者の第3歌集「栗原」には「人生の中ほど過ぎて 猛烈に生きたきねがひ、卒然とわく」「老前と老後の間(あひ)をさまよへるわれにつれなきむさしのの空」といった心の叫びが詠まれる。そして「焦(あせ)るかな五十四歳焦るかなナジョニモカジョニモ、どうにもかうにも」の歌。昭和26年生まれの氏とは、会えばいつも岩手宮城の方言にどっぷり、ナジョニモカジョニモ切なさを分かち合う。

  ことし4月、井上ひさしさんが亡くなられた。「作家・劇作家井上ひさし氏が亡くなりゐなくなつてしまつた」「妻の里釜石のこといろいろと教へてくれた井上ひさし氏」と、所属短歌誌に哀悼の歌群。「釜石市平田(へいた)町なる妻の家無人となりて幾年経つる」ともあり、見廻せば無人の家がふえている。

  井上氏はよく「恩送り」と言われた。米沢市郊外の川西町で幼少期を過ごされた氏は、恩というより「しうち」の日々ではなかったかと推察されるのだが、のちにどんな会場でも故郷大事の思いを語られた。生あれば、川西町の遅筆堂文庫で山形、宮城、岩手のみちのく放談をしてみたかった。「喫煙をわれは止(や)めしが喫煙の人をこよなく理解せむとす」肺癌で命を落とした井上さんに、一病を抱える氏はやんわりと禁煙をすすめられただろうか。

  「地震より二年過ぎつつ今もなほ動きゐるとぞふるさとの山」自然の威力に圧倒され、自らも「たましひが愚若愚惹(ぐにゃぐにゃ)になる東京の夏の百日(ももか)を恋もせず堪ふ」といった日々だった。いま、「妻と我ふたりぼつちで年を取る 二〇〇九年よでは左様なら」と詠んでから1年たった。先日の歌会では、艶のあるステッキもダンディの風格を増し、心弾みのあたらしい冬を迎えられているように見えた。
(八幡平市、歌人)


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