盛岡タイムス Web News 2010年 12月 22日 (水)

       

■ 〈口ずさむとき〉208 伊藤幸子 嵌め込みパズル

 伐採にさま変りせるわが山や欠けし嵌込(はめこ)みパズルのやうな
                              楯明香江

  栃木県で女性の山林経営者、帝国造林椛纒\取締役を長年つとめられた方の第三歌集「嵌込みパズル」より。「楔(くさび)打つ音ひびきたり杉群に黄のヘルメット動くと見れば」「落したる鋸(のこ)さがしゆく杉群につねには見えぬ下草もみぢ」等、日々の仕事の歌が綴られる。

  日常の騒音に遠く、深山にこだまするくさびを打ち込む音と黄のヘルメットの鮮明さ。そして童話「金のオノ銀のオノ」を思わせる豊かな世界。年を経て伐採された区域はまた異なった林相を見せる。作者はそれを「嵌込みパズル」ととらえた。「さかしまになれば杉たち悲しまん伐子(きりこ)は斜面にさながら倒す」という作業工程を見守る。「倒されし杉ら傾(なだ)りに整然と並びてあるは伐子のこころ」との互いの心をつなぎ合わせてパズルの隙間が切ない。

  私などはよく、同じような日月のくり返しと思いたがるのだが、「わが早く老いゆくものを植付けし檜のうへに日月(じつげつ)遅々たり」という風に詠まれると、うろたえて身辺を見回す。だからこそ「思ひきや六十路を越えて山小屋に月を浴みつつ雑魚寝するとは」昭和8年東京生まれの氏の健やかさ、本格山歩きも海外も、芸術鑑賞は自らも箏を奏で舞台に立たれる。

  「役者ざかり團十郎の男性音われの裡なる音叉ふるはす」歌舞伎、人形浄瑠璃、洋楽にも、また古典文学取材の歌も魅力的。すべて物語の中に生身の自分を織り込み再現されているゆえと思われる。「團十郎の男性音」とはさすが、なかなか吐露できぬ表現と感じ入る。

  「母在らば遊び人足と呼びまさん仕事やめはた妻罷(や)めしわれを」集の後半に、母上またご主人への挽歌が組まれる。「ゆらぎゐる夫の生命に三人子とともに二夜をひたと添ひたり」「結城紬(ゆふき)着て写真の夫はほほゑめり酒こぼすかと惜しみ着せざりき」平成19年、背の君を送り、その後社長職をご子息に譲られた。「私の歌は体力勝負の中から生まれた」と書かれるが「いためたる肩をかばひて泳ぐわれ尾鰭にすすむ魚族となりて」と、しなやかな体力は実年齢よりはるかに若やいでみえる。「風花を頬に受けつつ尾根沿ひの地境の蔓はらふ年の瀬」やっぱり敏捷に鉈(なた)をふるって伝来の山を護る「遊び人足」かと思われる。
(八幡平市、歌人)


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