盛岡タイムス Web News 2010年 12月 23日 (木)

       

■ 〈肴町の天才俳人〜春又春の日記〉20 古水一雄 第十三

 前回第19回でも述べたが、「日記通巻第十三」は「その二 掃ヒドモノ記」に続く日記である。日付は11月23日に始まり、12月7日までの15日間のものである。これは筆書きになっているが、「その四 掃ヒドモ●●ノ記」の序文に「筆デ書クノハ店頭ニ適シナイ、店頭忙居紅塵掃ヒツゝ書クハ鉛筆ニカギル」と書いているのはこの「第十三」で筆書きの不便を感じたからである。
 
  11月26日の日記に体の異変を感じさせる記述がみえる。肋骨の痛みを訴えているのだ。
 
  昼飯、牛蒡、湯漬二ワン、焼芋如山(や
  まのごとし)、茶一杯
  店頭忙静思成ラズ、
  左ノ肋骨痛ム、大食ノタメナラムカ
      (中略)
  肋骨痛ムハ果シテ大食ノタメナラバ自愛
  セヨ、肋膜ヲ痛ムニハアラザラム、自愛
  セヨ、コノ身一ツノ吾ガ世ナレバ
      (中略)
  胸痛ム事止マズ、肺ノワルキニアラズヤ
  肋骨ニ故障起リシニアラズヤ、アルヒハ
  胃ノ悪ルキタメニヤナドゝナデサスリツ
  ゝ、
  夜表ノ子供等喇叭(らっぱ)ヲ吹キテサ
  ワガシ、
 
  この胸の痛みは、その後の春又春に決定的なダメージとなる病の前兆でもある。翌日27日昼過ぎに病院を訪れている。
 
  午飯タベテ木村医院ニ参上、胸ノ痛ミヲ
  診テ貰フ、神経痛コレハ一週間モ経過シ
  テ大事ナケレバヨイガ、サモナケレバ肋
  膜ヲ病ムノデアル云々、塗薬ト粉薬ト貰
  ヒカヘル
 
  そして28日。
 
  朝飯、黒豆、大根ノ煮物、干菜汁、飯二
  ワン、飯ウマケレド少々テカゲンセシナ
  リ、丸薬一服、塗薬ヲ開ク
 
  春又春は、神経痛と診断された原因が大食にあると思っているが、当時の一般人の医学知識はその程度のものだったのだろう。
  夕方の記事には「今日ハ昨日程胃苦ルシカラズ、肋骨ノ痛ミモ無シ、食欲ワヅカニ減ジタルノミ、間食、柿五ツ」とあって回復に向かったことがわかる。胃の痛みは、あるいは肋骨の痛みをとる薬が強くてそのための胃痛だったのかもしれない。
 
  29日の朝には、
 
  工藤医院ニ行ク、モー大丈夫デシヨウ、
  マア悪イホウジヤナイデスガナ、薬ダケ
  ハモー五六日飲むガイゝ、二三日経ツタ
  ラ又診テアゲマスカラ、ウレシクテタマ
  ラヌ
 
  どうやら今回は大事に至らず済んだのであった。工藤医院は久保庄家の掛かり付け医であるが、木村医院から帰ってから念のためにと往診を依頼していたものであろう。
  ところが、12月2日には、
  
  九時頃ヨリ又左ノ肋骨の下痛ム、アゝマ
  タ痛ミ出ス(シ)タノダゾ、明日マタ医
  者ニイカネバナラヌノカ
 
  翌日以降の日記には痛みの記述も通院の記述もないところからみると、肋骨の下部の痛みは一時的なもので終わったようである。

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