盛岡タイムス Web News 2011年 3月 2日 (水)

       

■ 〈口ずさむとき〉218 伊藤幸子 花役者

 千年の佛千回の花役者
           松本幸四郎

  光の春、やっと念願の句集が手に入った。一昨年刊行の、松本幸四郎さんの「仙翁花」。文庫本サイズの朱色布貼り表紙に家紋型押し、上品な函入り句集である。てのひらにのせて、一頁一句のゆったりした余白を楽しみながら豊潤な舞台を見るような思いにひたる。

  巻頭の一句、千回の花役者。「平成二十年十月、東大寺」と詞書にあるようにこの年、10月15日、幸四郎さんは「東大寺奉納大歌舞伎」で「勧進帳」に出演、弁慶役の上演通算1千回を達成されたのだった。

  句集には、千回にたどり着くまでの地方公演の様子が四季の旅日記さながらに描かれて旅心をそそられる。「奥入瀬の青葉ひかりのなかにをり」「五月雨の御堂の前の役者かな」「五月雨に露けき袖や幸四郎」と、思わず大向こうから声がかかりそうな場面だ。どんなにか過密なスケジュールの中、移動だけでも疲労を伴いそうなものを、行く先々の風物に注がれる視点の温かさ、細やかさ。さらに各土地の神々、地霊に捧げる深い祈りの姿にも打たれる。いにしえからの国々を巡る「わざおぎ」の原点でもあろうか。

  「あとがき」がまた感動を呼ぶ。幸四郎さんのご両親の話。危篤の父上の足をさすりながら母上が、まだ婚約中のころバレンタインチョコレートを巡業先に送ったことを回想。「あれはどこだったかしらね?」「…松江だよ」「ああ、そうだった、松江だったわね」と、二人の会話のあとに「父が思い出したその瞬間、母は少女のようにはにかんで、何とも麗しい空気が病室いっぱいに広がった。これが俳句だと思った…」。江戸時代から続く歌舞伎役者の嗜みで高麗屋さんの俳句、絵画は斯界(しかい)の名峰として知られる。幼少時からの厳しい稽古や芸風に磨かれた感性の輝きであろう。

  幸四郎さんの弁慶みちのく公演を私が見たのは18年11月24日、岩手県民会館の舞台で901回目の時だった。「今年また神にまみえむ冬の旅」「山荘の机のうへに仙翁花(せんのうか)」は花の姿が高麗屋の紋に似ているところから句集名にされた由。私の机には以前歌舞伎座で求めた「幸四郎」銘入りの短冊型マッチ箱がある。紫地に朱、金の瑞雲をあしらった図柄で「幸不幸混ぜて降りくる春の雪」とつぶやきながら、時々一本擦っては「幸」の明りを点してみている。
  (八幡平市、歌人)


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