盛岡タイムス Web News 2011年 3月 3日 (木)

       

■ 〈肴町の天才俳人〜春又春の日記〉25 古水一雄 「第二十」

 皮手帳につづられた「通巻第二十冊」の日記には、見開きに“三十九年日記第七”の書き付けがあり、8月6日から8月30日の25日間が記されている。
 
     
   
     
  冒頭に“七月二十四日夜”と前書きして夜学會の記事が見える。
 
    夜学会ニ出テ東風兄ニ明日出立スル
    ト語ル、余ガ欠席分ヲ受持ツ事ニ頼
    ム、国語一時間北京籠城日記ノ一節
    ノトコロ、机ノ下蚊、ランプノ蚊タ
    マラヌ程ノダ、生徒モ先生モ面ヤ手
    足ヲ叩キナガラ讀ム、籠城日記モ面
    白クナイガ、蚊ノヒドイノモタマラ
    ヌ、九時前ニゴマカシテ帰ル、「父
    母アリ遠ク遊バス」嗟〃
 
  久慈行き前日の記述である。24日の記述があまりにも簡素だったので書き加えたのだ。
 
   十五日 (前略)母曰ク、宮古ニ遊ビ
    ニ行カナイカトサマサマノ旅ノ話ナ
    ド語ラル、今一度茣蓙ヲ着タイガ、
    今日カラ夜学会ガ初(ママ)マルノ
    デソー欠席モサレヌ、
 
  つい10日前に久慈に行ってきたばかりなのであったが、母の宮古行きの誘いには“夜学会ガ始マルノデ”などと言って断り、至って殊勝な心がけをみせている。
 
   十七日 夜学会ニ出ル、途ニテ一寸武
    蔵君宅ニ立チ寄リ夢ノ話ナド、会生
    徒六人、初メ二人国語二時間蚊ヲハ
    タキハタキ講義ス、九時前放課、途ニ
    テ武蔵君ノ家ヲ出ントスルニ会共ニ
    語リナガラ六日町ニテ別レカヘル、
 
   廿一日 夜学会の途中東風兄ヲ訪フ、
    青雲青山ノ詩ノ談ナド、夜学会々員
    五名高橋初、柳田、村野、川村、大
    和田、ランプ一ツほや破リテ、先生
    モ机ヲ接シテ講ズ、一ツノランプモ
    すん(しん)の切リヨウ悪クほやマ
    ツ黒クナル、ウス暗イ燈下ニ先生ヲ
    加(か)てゝ六人机ノ下ノ蚊ニ足タ
    ゝキナガラ講義ス国語二時間、
 
  夜学会開始時にはゾロゾロとやってきた生徒たちも1人欠け2人欠けて行き、この頃ではほんの5、6人にまで減じている。薄暗く酷く蚊に喰われるといった劣悪な学習環境で、しかも仕事の終わったあとの授業ではよほどの覚悟がなければ続けることができなかったのだろう。
 
  23日の夜、2階自室での読書の最中に体の異変を感じた。それは次のように書き記されている。
 
    詩集ヲヒモトイテ香ヲ焚イテ読ンデ
    居ル、さんさ踊ノ太鼓モセヌ雨ノ静
    カナ夜デアル、蚊ノ耳元ニ鳴クヲ払
    ヒナガラ二三枚読ンデ居ルト咳ガシ
    タクナツタ、一回又一回トマラヌ咳
    ニ成ツタ、下ニ降リテ飴ヲ嘗メタ、
    飴ヲ嘗メタラトマルダロウト思フノ
    デアツタガ嘗メテ来テモマダ胸ニ咳
    ガタマツテ居ル、ツゝケ様ニ咳ヲ喝
    々ト吐クト左ノ手ノ上ニ真っ赤ナ血
    塊ガトツト出タ、コノ時ノ感ジハ何
    トモイハレヌ、暫ク血塊を眺メタ、
    全ク血ニ違ヒガナイ、真っ赤ナ真っ赤ナ
    奇麗ナ血デアルノダ、アゝ血ヲ吐イ
    タ肺病ジヤナイカ、詩集モソツチ除
    ケニ尚血ヲ眺メテイルトマタ喝々ト
    出ル、唾ニ少シツゝ血ガマジツテ居
    ル、カナシクナツタ、下ニ降リテ母
    ニ知ラセヤウカト思フタガビツクリ
    スルダロウト燈ヲ消シテ蚊帳ニ入ツ
    タ、夜具ガ重イ、蚊帳ガ鬱陶シイ、
    胸ガ何カニ壓(圧)シツケラレルヨ
    ウダ、右ニ左ニ寝返リウツ、ソノ度
    ニ咳ガ出ル、血モ出タロウガ皆飲ミ
    コム、心配デタマラヌ今宵ハヨウ寝
    ラレマイト転々半側行ク末ノ事ナド
    思フテ居ル内ニイツノ間ニカ咳ガ止
    ンデ寝入ツタ
 
  咳のたびに真っ赤な血塊を吐いたのだ。驚いて母に知らせようかと思いもしたが、母の驚愕と心配を恐れて蚊帳の中の夜具にもぐり込む。行く末を案じているうちにいつの間にか寝入ってしまったのであった。
  翌朝は、薄い血が唾に混じる程度である。町医者に診てもらうが吐血の原因については不要領であった。
  東風には吐血のことと夜学会の欠席を知らせてやったが、病状を案じた東風と佐々木君が夜になってやってくる。話は夜学会の解散に及ぶが東風一人が継続を主張して頑として譲らず結論は先送りとなる。
  吐血の後、医者の指示で春又春はまる4日間臥所(ふしど)に身を横たえたが、28日には夜学会の講師の代わりを探しに出かけている。しかしそれぞれ都合があって代役がみつからず、やむなく国語の講義を1時間行って帰ってきている。再び店頭に戻ったのは29日の午後からであった。


本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします