盛岡タイムス Web News 2011年 3月 13日 (日)

       

■ 巨大地震M8.8 津波で沿岸壊滅

 11日午後2時46分ごろ、三陸沖を震源とするマグニチュード(M)8・8の巨大地震「東北地方太平洋沖地震」が発生した。大津波警報が発表され、大津波が三陸沿岸の町をのみ込み、大惨事をもたらした。13日午前8時現在、県によると、本県の死者は259人、行方不明は235人、負傷者は93人となったが、さらに犠牲者は拡大するとみられ、陸前高田市と住田町からの情報は入っていない。

  地震は宮城県牡鹿半島沖が震源。M8・8は国内観測史上最大で、震源に近い宮城県の栗原市では震度7を記録。県内では大船渡市、釜石市、矢巾町、滝沢村で震度6弱の揺れとなり、市民に不安と恐怖が広がった。本県沿岸を含む広い範囲で大津波注意報が発表され、地震から30分もたたずに沿岸に津波が押し寄せた。

  県内では全県域で停電となるなど、内陸部でも被害は沿岸部にとどまらず発生。県や市町村は地震発生と大津波警報の発表と同時に県災害対策本部を設置した。被災の大きい地域ほど情報の入りにくい中、県や市町村、警察、消防、自衛隊などが人命救助を最優先に活動している。

  被災の重大さは11日の時点で予想できたが、12日の日の出とともに本格化した人命救助などの活動により、多数の犠牲者が明らかになった。被害の大きい地域では人命救助活動に入るのも苦労している。13日も早いところでは午前5時半に活動を開始。沿岸部を中心に交通規制の掛かっている路線がある。

  県は市町村との連絡を取り続けているが、12日の時点で連絡が付かなかったのは大槌町。現地入りしている自衛隊などを通じて情報を得ている。沿岸では市町村の機能が低下しているところも多く、県では13日、沿岸市町村に各2〜4人の職員を派遣する。

  沿岸の被災地などには食料のみならず救援物資の搬送も始まっている。しかし、3月とはいえ暖房は欠かせない時期で、避難民のみならず停電の家で寒さに耐えて過ごす県民には心身への負担が増している。

  県立病院を中心に入院患者を抱え、救急患者に対応している医療機関では、自家発電の能力、水の確保、給食の提供など、機能確保への課題があり、重油の手配など病院機能維持へ取り組んでいる。DMAT(災害時発見医療チーム)が県外からも入り、医療活動を支援している。

  盛岡地域でも11日午後から停電となり、街頭や信号すらもつかない市内は人口30万都市とは思えない暗闇となった。夕方こそ、帰宅する車が並んだものの深夜にはタクシーなどが目立つぐらいでひっそりとなり、歩く人も少なかった。テレビも見られない県民に対し、達増知事はラジオ局などマスメディアを通じて励ましのメッセージを数回にわたって発し続けた。

  電気は12日午後には一部から復旧したものの全面復旧には至っていない。13日午前7時現在で4万1700戸に縮小した。北海道、関西、中部の各電力から700人の応援が入っている。

  水道も手代森や乙部、西青山、中堤町などで断水となり、給水車が出た。沿岸部で確認できない市町村が多いが、13市町村の約9万200戸で断水している。電話も非常にかかりにくくなり情報も入手しにくくなるなど、ライフラインの寸断と余震と思われる地震が頻繁に起きていることで、市民に不安を与えている。

  車中で夜を過ごす市民もいたが、12日がガソリンスタンドで給油しようという車、スーパーやコンビニで食料や電池など必需品を買い求めようとする人の列が見られた。

  12日には岩手選出参院議員の平野達男内閣府副大臣を団長とする23人の政府調査団が岩手入り。ヘリの機上から無惨な姿の三陸沿岸の街を見たあと、県庁で達増知事らから9項目の緊急要望を受けた。

  達増知事も午後から平野副大臣と自衛隊ヘリに盛岡東署から乗り込み、陸前高田から宮古にかけての被災状況を調査した。

  調査後の午後6時からの本部員会議を終えた達増知事は「多くの大切なものが失われた状態にある。しかし多くの人が頑張って、自分たちを守ろう、周りの人たちが守ろうとしている。国の機関や全国の都道府県、関係機関が総力を挙げて人命救助、避難の支援に当たっている。生活物資の輸送などにも全力を挙げている。全国の皆さんから温かいご支援もいただいている。心を一つにして困難な状況を乗り越えていくため力を合わせていきましょう」と県民に訴えた。

  気象庁は12日午後8時20分、沿岸を津波警報に切り替え、13日午前7時半、注意報に切り替えた。

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