盛岡タイムス Web News 2011年 3月 20日 (日)

       

■ 〈賢治の置土産〜七つ森から溶岩流まで〉203 岡澤敏男 「カシワ樹の崇拝」

■聖なるカシワ樹の伝承

  賢治がカシワ樹にこだわる心象は幻想空間とは異なるものがあったのです。古代から日本最大の祭りは新天皇即位後に執り行われる踐祚大嘗祭(せんそだいじょうさい)だが、この祭礼にはその年の新穀をもって天照大神および天神地祇を奉斉するもので一代一度の大祭と定められている。

  とくに注目すべきは、祭儀にあたり神に供える酒食(神饌〈しんせん〉)の盛分けはカシワの葉で作った5枚、または10枚のヒラデ(枚手)の上に御飯、菜、菓子、酒が盛られるという。天皇は神饌を神にお給仕したのち、その余りを陪食されるといわれる。

  神饌に用いられるカシワの葉は「悠紀ノ方十枚ヅツ四ククリ、以上四十枚、主基ノ方右同前」と大嘗祭史料にみられる。神膳にはヒラデとは別にカシワの葉の8枚を折り、細い竹などでつなぎ合わせた箱状のクボテ(窪手)という器も用いられている。その窪みの浅い深いによってヒラデを葉盤、クボテを葉椀と記されているものもある。

  このように神に供える酒食の器としてカシワの葉を用いるのはカシワ樹に宿る「葉守の神」の信仰に基づくものと考えられる。踐祚大嘗祭ばかりでなく神社や宮中行事においても、酒食の給仕にカシワの葉の器が用いられていたという。

  ヒラデ、クボテの伝承について『古事記』や『日本書紀』、「催馬楽」「神楽歌」にもみられ、「はもりの神」のカシワ樹については『源氏物語』(柏木の章)『枕草子』(37段)『大和物語』上(68段)などにも伝承されているのです。

  古代ヨーロッパにあっても聖樹としてカシワを崇拝する多くの伝承がある。フレイザーの『金枝篇』(第15章)に「カシワの樹の崇拝あるいはカシワの神の崇拝は、ヨーロッパにおけるアーリア系民族のすべてがこれを行ったものと見られる」(永橋卓介訳)と述べている。

  古代イタリアでは、カシワの樹はゼウスのイタリア形であるユーピテルに対応し、雨および雷の神として礼拝されました。すなわち雨や雷鳴と稲妻を司っているゼウスと同格にカシワ樹が崇拝されていたということです。

  ヨーロッパのカシワ樹はわが国のものより遥かに高い喬木だから、カシワの森林の葉ずれの響きが雷のとどろきと同一視されたとしても不思議ではない。つぎの作品を見れば賢治もカシワ樹の葉ずれに異常な注意を払っていたことが理解される。
 
ざらざら 短篇「沼森」「柳沢」、詩篇「赤い歪形」(「林学生」の先駆形)
さらさら 童話「狼森と笊森、盗森」詩篇「風林」
がさがさ 詩篇「風林」
カサカサ 短篇「谷」
ざわざわ 童話「ポラーノの広場」
さんさん 短篇「秘境」
ざわっ  童話「かしはばやしの夜」
カサッ  童話「若い木霊」
こそっ  童話「タネリはたしかにいちにち噛んでゐたやうだった」

  こうした擬音とは別に「とどろく」(文語詩〔そのとき酒代つくると〕〔きみにならびて野にたてば〕)とか「鳴る」(詩篇「訓導」「林学生」)、また「ざわめく」(童話「かしはばやしの夜」)という表現もあって、賢治の心象はカシワ樹の葉ずれの音に異界からの通信として交感していたものと思われるのです。

 ■「カシワ樹の崇拝」(『金枝篇』第十五章・抜粋)

  カシワの樹の崇拝あるいはカシワの神の崇拝は、ヨーロッパにおけるアーリア系民族のすべてがこれを行ったものと見られる。ギリシャ人も、イタリア人も、ともにこの樹を天空、雨、雷霆(らいてい)の神である彼らの至高神ゼウスあるいはユーピテルと関連せしめた。おそらくギリシャにおける最古の、そして最も著名な聖所の一つは、そこでゼウスが神託のカシワの樹の形で崇められたドードーナのそれであろう。ヨーロッパの他のどこよりドードーナで荒れ狂うといわれる雷は、カシワのは葉ずれの音と同じく雷のとどろきのうちに声をきかせる神の棲処として、ここをいっそうふさわしいところにしたはずである。(中略)

  またアルカディアのリューカイオス山の頂上では、カシワの樹と雨の神としてのゼウスの性格は、ゼウスの祭司が聖泉にカシワの枝を浸して行う雨呪によって明らかに示されている。(以下略)


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