盛岡タイムス Web News 2011年 3月 21日 (月)

       

■ 〈潮風宅配便〉21 草野悟 「ありがとう」の言葉忘れず

     
   
     
  何もなくなった大槌の海を撮影する青年。彼は県庁職員のF君です。実家が大槌です。沿岸の旅館、宿泊施設の稼動可能性の調査のため、釜石から宮古まで回った時に実家に立ち寄りました。すでに家はどこにもありません。早くから両親を亡くし、身内が兄一人です。屈強な兄だったと小さな声でつぶやきました。

  大槌の役場の近くに実家があり徒歩で確かめに行きましたが、いまだに行方不明です。「無理だろうと思います、自分ばかりでありません」と涙は見せません。消滅した生まれ故郷を次の視察地に行くため最後の撮影をしています。

  車中F君が「生きていても率先して地域の人と復興に向けて動き回る兄ですから、どこにいるか分かりません」と。切ない言葉でした。明日は盛岡の物資集積所で徹夜勤務とのことです。

  その横を年老いた老夫婦が歩いて通りました。衣類は泥で真っ黒になり薄着です。杖をついて足を引きずり黙々と歩いてきました。リュックを背負った奥さん。リュックはとても軽そうです。おそらく食料など何も入っていないのだろうと思います。

  「大丈夫ですか」と声をかけるのが精いっぱいでした。「ありがとうございます。大丈夫です」「飲み物などありますか」と車に積んできた水や食料があるのでお渡ししようと思いましたら、「もうすぐ避難所ですから」と返事が返ってきました。自分だけ受けとるわけにはいかないという気持ちからです。

  大槌のこの場所から安渡小学校まで坂道とトンネルを超えて、1時間はかかると思います。黙々と歩く姿にこれ以上声をかけられませんでした。

  テレビでもビデオレターという報道があり、被災者の方々は必ずと言っていいほど「大丈夫、元気です。心配しないでください」と言います。大丈夫なはずはありません。岩手には互助、互譲の精神があります。大きな声で「がんばろう」というだけが強い心ではありません。避難所で必死で生き寒さに耐え、それでも「ありがとう」という言葉が出てくる岩手人。そこにも「強い心」があります。

  同じ被災者を気遣い、自分だけ何かをもらうわけには行かないという老夫婦。どんな手を使っても、ガソリンを手に入れようとする肩書きの立派な人。盛岡など被害の少なかった地域の人たちは、多少のことは耐えられるはずです。ボランティアに参加しなくても、被災者優先の行動をするだけでも、立派な貢献です。(岩手県中核観光コーディネーター)

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