盛岡タイムス Web News 2011年 3月 23日 (水)

       

■  心にも深い傷 津波被災の避難者 にじむ涙、震える声

 廃校となった旧釜石一中の体育館に設けられた避難所。屋内は日中でも窓から差し込む外光に頼るだけの明かりしかない。横になってまんじりともしない人、数人と会話している人、新聞を読んでいる人。そんな中を日赤救護班のこころのケア担当の看護師が回って声を掛ける。「体の方はどうですか」。体調確認の呼びかけから、話題は広がっていく。傾聴を最も大切にし、被災者の心に寄り添う。会話が進むうちに被災者の瞳にほのかに光が宿る。

  東日本巨大地震の発生から10日たち、直後からの初動救急は一区切りとなったが、この時期からこころのケアに注意が払われる。県内では約4万5千人が避難生活を続け、避難所では特に不自由な生活に体力も落ち、ストレスや不眠症、インフルエンザや感染症などが心配される。

  避難所前にテントを張った日赤の簡易救護所は16日の開設。全国各地からの派遣チームは実働2〜3日で入れ替わる。同所では北海道支部から交代で派遣され、20日は栗山赤十字病院の7人編成の第2次班が医療活動に従事していた。

  同班の浦河赤十字看護専門学校専任教師斎藤慎子さん(39)はこころのケア担当として派遣された。斎藤さんは救護所が開設している日中の多くを避難所の中で過ごした。

  新聞を広げていた男性に「体の方はどうですか」と声を掛ける。「大丈夫だ」と男性は答えてもその場
から移らない。同じ目線の姿勢になって語りかけていると、すぐに男性側から進んで話すようになった。男性が行方不明の家族のことを話す。

  隣で休んでいた男性たちも話の輪に加わり、被災した直後の浜の様子、同じ避難所で家族を失った人のことを話したりしているうちに浜の男の目が涙でにじみ声が震える。でも斎藤さんは涙を止めようとはしない。「泣いている時間がないと乗り越えられない。だから、ただ聞くようにしている」。

  違うブロックに移って高齢の女性とは、身を前かがみにして会話。時々、手を伸ばして女性の腕をさすったり握ったりする。

  行方不明だった息子がきのう遺体で発見された話など、死の恐怖を味わい、身近な人の死と向き合っている人々ばかり。今の避難者は200人ほど。日中には自宅の様子を見に行くなど避難所を離れる人がいて、1人で過ごす時間の多い人が増えている。斎藤さんには1人でいる人が一番心配だ。

  「一気に落ち込んでいる時期はとにかくはき出させるようにしてきた。心理的にはこれからあきらめの時期に入っていき、復帰に向かっていく気持ちと悲嘆する気持ちの繰り返しが続く。長い期間のメンタル面のフォローが必要」と話す。

  同病院から派遣された医師佐々木紀幸さん(40)は「どうしても不衛生な環境での生活で、普段と違い病気になったり悪化させる心配がある」と指摘。けがをしても普段とはリスクが違い、眠れないことが多いのも当たり前。「我慢しないで、遠慮なく早めに診てもらうよう、上手に救護所を活用してほしい」と促す。

  20日午前、同班が来て初めて病院に運ぶ患者が出た。皮膚疾患の持病がある高齢の男性。ばい菌が入って足がはれ歩行が困難になって救護所に運ばれた。皮膚疾患やアレルギーの症状悪化にも「ストレスの部分も影響している」と分析。「被災者は精神的に参っていて不安な状態。(直接訴えなくても)こころのケアが必要な患者が来ている。こころのケアの視点でその時々に合った話し方で接していく必要がある」と指摘する

  斎藤さんは「その人が受けた傷はその人にしか分からない。私たちが大丈夫といえるものは何もない。痛みや寂しさ、怖さが語られるのを傾聴するだけ」と心がけて被災者と接する。「基本的には被災者の方には乗り越える力があると思うので、私たちはサポートしていきたい」。

  子どもたちも当然、心に傷を負っている。「子どもは自分の奥底に悲しみをためていく。子どもは見た目で分かりにくいが、積極的に声を掛けていきたい」という。「でも赤十字の制服を怖がるんですよ」と言いつつ、飴を入れたポケットをたたき「餌で釣ります」と目じりを下げた。

  県内における日赤の救援医療チームは20日時点で、陸前高田、釜石・大槌、宮古・山田、野田の4拠点で13班の約80人が活動。7〜10数人編成のどの班にも原則1人はこころのケア担当のメンバーを置いている。


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