盛岡タイムス Web News 2011年 3月 26日 (土)

       

■ 〈賢治の置土産〜七つ森から溶岩流まで〉204 岡澤敏男 カシワの葉守の神とトシの鎮魂

 ■カシワの〈葉守の神〉とトシの魂魄

  賢治がカシワの樹に〈葉守の神〉が意識されていると印象される作品に詩篇「風林」がある。賢治は愛妹トシの死を慟哭して「永訣の朝」「松の葉」「無声慟哭」の苦渋の詩を吐露したのち、半年余も詩作を断っていて再開された最初の詩篇が「風林」でした。それだけに妹トシの魂魄を求める心象が色濃く投影されているのです。トシの魂魄とカシワの樹との交霊を期待する詩章が繰返し美しく語られています。この詩の場面は、農学校の生徒をつれ岩手山へ向かう月光の下の登山路の情景で、たぶん馬返し付近で少憩したのでしょう。カシワの詩章は冒頭のつぎの序章で始まる。
 
  (かしはのなかには鳥の巣がない/あんまりがさがさ鳴るためだ)
 
  カシワの葉ずれは〈葉守の神〉の比喩としてある。そして薄らぐ月光はカシワの霊力を高めていきます。
  月はいましだいに銀のアトムをうしない/かしははせなかをくろくかがめる
 
  向ふの柏木立のうしろの闇が/きらきらつといま震へたのは/Egmont Overtue にちがひない
 
  カシワの樹に交霊するトシの魂魄を「きらきらつ」と表象しているのです。それはベートーベンの劇音楽の「エグモント序曲」によって比喩されました。賢治はこの序曲に歌われたエグモント伯爵と伯爵が愛した恋人クレールフェンの物語をふまえ賢治とトシを重ねているのです。

  エグモント伯爵とはスペインの圧制に苦しむオランダの独立を図って処刑された実在の人物がモデルで、クレールフェンは囚われの身となったエグモントを救出すべく画策したが力及ばず毒を飲んで自害したエグモントの恋人です。処刑を待つエグモントは亡き恋人の幻影に祝福され力強い足取りで処刑台に向かい「私は自由のために死ぬ。友よ、勇気を奮い起こせ!」と叫ぶのです。賢治は愛妹トシの幻影によって何の祝福を求めようとしているのでしょうか。
 
  やつぱりさうだ/月光は柏のむれをうきたたせ/かしははいちめんさらさらと鳴る
 
  「やつぱりさうだ」とは、賢治の心象がカシワの樹に交霊するトシの魂魄を交感した証しなのでしょう。カシワの「葉守の神」の葉ずれの音が「さらさら」と木立いちめんに鳴っているのです。この詩章をもって「風林」の詩篇を閉じているが、「がさがさ」の葉ずれの音の序章から終章の「さらさら」の葉ずれの音に至る構成は、ベートーベンの音楽劇「エグモント」とどこか通じるものを感じさせます。

  昨夜、月光をうけたカシワの葉ずれにトシの魂魄を交感した賢治は、その翌日にトシの魂魄が「白い鳥」に変身しているのを交感します。それは岩手山を下山して「古風なくらかけやまのした」までたどりついたときのことです。

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