盛岡タイムス Web News 2011年 3月 30日 (水)

       

■ 〈津波被災の現地から〉大槌町 「長靴ないですか」

     
  がれきの取り除かれた生活道路  
 
がれきの取り除かれた生活道路
 
  大槌湾と大槌川河口に町の中心部が築かれた大槌町は、東日本大震災津波で壊滅的な被害を受けた。被災から2週間以上になった26日の中心部は、主要道路を覆っていたがれきの撤去が進み、地域内の生活道路もかなり行き来ができるようになった。しかし、ライフラインの復旧にまだ時間を要する地域は多い。ガソリンも給油所が全滅し供給手段がない。

  大槌町は2010年国勢調査で人口1万5277人(速報)。29日現在で死者は521人、行方不明者は1019人。避難所生活は6千人近い。

  中心部から大槌湾の北側に接する赤浜地区。海岸近くまで丘陵が伸び、平地は極めて少ない。津波は少し高い赤浜小にも押し寄せた。校舎は1階が無惨な姿で残り、体育館が避難所となっている。

  住宅は平地ががれきと化し、高台に作られた家屋は無事だった。地区内に津波の際(きわ)があったことを物語る。がれきの中に鉄骨と外壁が残る2階建て建物の上に釜石港の観光船「はまゆり」の船体が今も残っていた。

     
  津波で陸地まで運ばれた観光船はまゆり  
 
津波で陸地まで運ばれた観光船はまゆり
 
  安渡地区から初めて被災の様子を見に来たという老漁師が話しかけてきた。津波に備え船にいた。「最初は高潮のようにうねり上がって、そのあとに来たのがぶつかってこんなにひどくなったんじゃないか」という。

  避難所では収容しきれず、津波被害を免れた高台の住居に避難している住民も多い。赤浜3丁目では民家避難をしている。電気や水道は寸断のまま。固定電話はもちろん、携帯電話も通じず通信手段がない。

  赤浜自主防災会の古舘一義さん(60)は今一番必要なものはガソリンだと話す。「先の見えないのが心配。いつまで支援されるのか、その後に自活しろと言われてもできるのかとみんな心配している」。

  赤浜から見える蓬莱島は故井上ひさし氏の「ひょっこりひょうたん島」のモデルとされる。小さな赤い灯台は津波で流され、島の土や木もかなりはぎ取られた姿を見せている。湾沿いに築かれた防潮堤は決壊した個所も見られた。

  中心部から西に向かった臼沢地区。一緒に訪ねた県職員に、住民が「長靴はないですか」と問いかけた。がれきと化した街の中では歩くのも、片づけをするのにも欲しい。被災地が求める物資は新たな需要が生まれ変化している。
(井上忠晴)

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