盛岡タイムス Web News 2011年 4月 1日 (金)

       

■ 〈潮風宅配便〉25 草野悟 20メートルの大津波だった

     
   
     
  田老漁協の組合長さんと参事さん。悲痛な顔で目には涙を浮かべ話しています。相手は大手流通の役員さんです。一昨年から田老のワカメをPB商品として取り扱ってくれていました。

  心配で私と一緒に盛岡からやってきました。写真にある組合の給水塔の左半分くらいに「明治大津波15b到達点」の看板があります。その上をはるかに越えた破壊の後がこの塔です。

  「なんもなくなりました。舟も魚網も棚も…」。聞いているほうもつらくてたまりません。「このままでは終わりたくありません。なんとか生き返ります」と心痛な声ながら力を込めて言いました。

     
   
     
  ワカメ処理工場の工場長さんは、緊急避難で町の消防団の仕事に戻り、最後に防潮堤の鉄の扉を閉めているところを目撃され、その後行方不明になっているそうです。とても豪快で明るくて、誰からも好かれていた工場長さんだったそうです。参事さんの顔が苦痛でゆがんでいます。

  「私たちにできることは何でもします。もう一度復活してください、もう一度全国に販売しましょう」と流通の役員さん。「ありがとうございます。とにかく組合員の人たちを守らなければなりません。絶対に復活します」と返事が返ってきました。あてのないむなしいお気持ちだろうと思いますが、決してめげてはいません。海の男です。

  田老は町の大半が消滅しました。以前ご紹介した「駅−1グルメ」の善助屋食堂もなくなっていました。

  三陸鉄道は職員の徹夜の作業で、宮古と田老間を復活させました。町の人たち数人「列車が走ってきて驚いた、勇気が出た」と言ってくれました。何かが動くことは、勇気になります。人も少しずつ動き出しています。組合長さんの優しい口ぶりと落胆の中の力強い決意に涙腺破壊です。

  「少しずつ前進、岩手の力」とても素晴らしい人たちがいました。
(岩手県中核観光コーディネーター)


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