盛岡タイムス Web News 2011年 4月 5日 (火)

       

■ 〈イタリアンチロルの昼下がり〉119 及川彩子 地震の町再生の後先

     
   
     
  日本の大地震と津波被害の様子が、イタリアでも連日報道されました。私たち家族も親しいパガニン家の人たちとテレビにくぎ付け。そして、パガニン家の誰もが、被災地・避難所でも決して取り乱さず、協力的で忍耐強い日本人の姿を絶賛しながら、「日本なら、あっという間に新しい街ができるわよ」と声をそろえて言うのでした。

  イタリアも日本と同じ地震国。火山が点在する南イタリアでは、1万人以上の死者が出た大地震が17世紀に3回、19世紀に1回起きています。

  記憶に新しいのは、1997年に起きた聖地アッシジの直下型地震。アッシジは13世紀、「清貧と純潔」を唱えた聖人フランチェスコの生地。小高い山の中腹に、地元産のピンク色の大理石を積んで建てた中世以来の町が、一瞬にしてがれきの山となったのです。死者はわずか12人でしたが、負傷者120人、損壊家屋は9万戸にも及びました。

  世界の巡礼地サン・フランチェスコ教会は、中世の画家ジョットのフレスコ画「サン・フランチェスコの生涯」が、壁いっぱいに描かれていることで有名です。地震の翌朝、修道士と美術監督たちが、教会内の被害点検に行ったとたん2度目の地震。天井の壁画が崩れ落ち、下敷きになって命を落としたのです。

  世界遺産でもある壁画は、拾い集めた修復可能な破片20万個を、パズルのようにつなぎ合わせ、9年かけて復元されました。この地道な作業は、芸術的価値ばかりでなく、愛する町再生への力に他なりません。

  今後の災害対策が、どの程度施されているかは分かりませんが、市民たちは、今でも石畳や壁も元通りに…と、こつこつ修理していると聞きました。

  昨年夏、アッシジを訪れたところ、フレスコ画の色彩、広場、路地(写真)も、20年前の留学中に見た時と少しも変わらず、聖地の気品が漂っていました。


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