盛岡タイムス Web News 2011年 4月 11日 (月)

       

■ 〈大震災1カ月〉今だから実現できる夢もある 東海新報社長・鈴木英彦さん

     
  「津波は罪ばかりでない。功だってある」と前を見詰める東海新報社の鈴木英彦社長  
 
「津波は罪ばかりでない。功だってある」と前を
見詰める東海新報社の鈴木英彦社長
 
  大船渡市に本社を置き、気仙地方3市町をエリアに取材、報道活動を続ける東海新報社。震災のその日から、現地にあって人々の生き様を見詰める。震災翌日に号外を発行。自家発電機で輪転機を動かし3月中は無料で配った。地元の人にしか分からない家族や知人の安否情報を市民が紙面を通じてやり取りした。震災から1カ月。被災地では何を考え、何を求めているのか。鈴木英彦社長(68)から話を聞いた。(馬場恵)

  ■歴史的教訓

  大勢の人が亡くなり、行方不明になった。大変な災害。その中で歴史的な教訓も残されたと思う。人間は自然には逆らえない、共生しなければならないということ。これまでコンクリートで津波を堰き止めようと巨大な防潮堤や防波堤を造ってきたが、災害を防ぎきることはできず、安全への過信を生んだ。海は自然のままに、防波堤や防潮堤を築く財源はむしろ、高台への移転や団地造成に振り向けていくべきだ。

  「まさか、ここまでは」という油断が被害を広げた。海岸に住んでいる人は逃げたが、むしろ海岸から離れた人たちのほうが犠牲になっている。車で避難し、渋滞に巻き込まれて逃げ遅れた人も多い。車社会を考慮した避難路を整備しなければ。仮設住宅の建設地も平常時にプランニングしておくべきだったが、それがなく混乱をきたしている。あらゆる手を使って建設を急いでほしい。

  ■復興への機運

  気仙近在の商工業者は3分の2ぐらいは再興への意欲を燃やしている。復興意欲は高い。人は悲しみに打ち勝つものを持っている。いつまでも同じではない。みんながゼロからのスタート。命をもらったのであれば、何かしなければと考えている。

  売り上げが1億円あった企業であれば1千万円からのスタートでいい。プレハブの店舗、事務所でもいい。小さければ小さいなりの再スタートを早く切ることができる。まちの復興には少なくとも4、5年はかかると思ったがテンポはもっと早いかもしれない。

  ■復興ビジョン早く

  国は総力戦で復興に立ち上がらなければいけない。時間が経てば、てんでんばらばらに家が建ち出し、計画的な再開発は難しくなる。早急に安全な都市をつくるための復興ビジョンを示すべきだ。

  沿岸に住む人も、土地と金があれば、みんな高台に住み、安全に暮らしたいと思っている。多くの犠牲者の魂を鎮めるためにも、誰もがうらやむような美しく、豊かで、人が集まるまちづくりをしなければ。

  がれきが撤去され、真っさらな更地が広がれば、そこに描く夢も出てくる。大船渡湾に面した広い土地に小岩井農場のような芝生広場やお花畑が誕生するかもしれない。サンフランシスコのように高台と沿岸部を結ぶケーブルカーを走らせたっていい。湾口防波堤のせいでたまっていた海底のヘドロも一気に洗われた。数年経てば養殖漁業だってずっと良くなっていく。津波は「罪」ばかりではない。「功」だってある。今まで絶対に考えられなかったような夢を集めて実現していきたい。
     
  マスクに厚着姿で紙面作りに励む東海新報編集局(3月20日)  
 
マスクに厚着姿で紙面作りに励む東海新報編集局
(3月20日)
 

  ■地域紙の使命

  地震当時は停電で携帯電話もインターネットも駄目。紙媒体が見直された。損得勘定ではない。苦しい中で社員が結束し、使命感を持って取り組んできた。人が減り、読者が減り部数も3分の1程度の規模になるのではと覚悟したが、3分の2は確保できそう。今まであり得ないほど広告も出してもらっている。地域に寄り添う報道がすべて。地域紙で本当に良かったと思っている。

  ■内陸部の人に望む

  全国からのこれまでの支援は本当にありがたかった。内陸の方にも、まず沿岸に来て、この惨状を見、人間と自然のつきあい方について考えてほしい。そのうち被災地の店や食堂も開き出す。ラーメンの一杯でも食べ、一つでも余計に物を買ってもらい間接的に応援してもらうことが地元経済の活性化につながる。

  生き残った地元の年寄りたちは、この先、どんなまちができるのか、それを見るまで、あと10年は長生きすると言っている。希望を持っていれば苦しみは乗り越えられる(談)。

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