盛岡タイムス Web News 2011年 4月 13日 (水)

       

■ 〈口ずさむとき〉224 伊藤幸子 「あり通し」

 七曲(ななわた)にまがれる玉の緒をぬきてありとほしとは知らずやあるらん
                                枕草子

  東日本大震災から1カ月が過ぎた。大震後、季節の移ろいも狂ったかにみえて、ざわざわと寒気が襲う。あの地震のときは、あまりの揺れに外にとび出した。うちの敷地には、夏中壮健なアリ達が居を構えて精勤しているのだが、彼らの目ざめは早かった。それもいつも見る小型のではなく、まっ黒い大型の頭と腰を振ってそれはせわしく這(は)い回る。

  私はものにつまずいてうずくまり、庭にとめていた車の前輪にもたれて激しい揺れをやりすごそうとした。その私の目の先を黒いアリが2匹、さかんに行きまどう。例年ならまだ雪のあるうちは出てこないのに、やっぱり地層の振動に起こされたのだろう。巣の奥の主(あるじ)に命ぜられて偵察にきたのかもしれない。

  停電したまっくらな夜も怖かったが、電気がついてテレビに映し出される惨状には気が遠くなりそう。常に揺れているような浮遊感の中で、気がつけば「あり通し、あり通し」とつぶやく自分がいる。むかし読んだ記憶の断層がゆるゆるとほどけてゆく。

  たしか「枕草子」ではなかったか。昭和40年と購買年月日のある「岩波日本古典文学大系」を久々に手にとり頁を繰ってみた。それは清少納言の「ものはづくし」的短文とは異なり、身近の説話篇のようななつかしい世界だ。

  嘘か真かふしぎな蟻通(ありとほし)明神の話。「昔おはしましける帝」が若者だけを大切にして、老人は不要のものとし四十をすぎると殺されてしまった。ここに一人の中将あり、孝心厚く七十近い両親をひそかにかくまっていた。当時唐土(もろこし)の帝がわが国を征服しようと難題をよこす。

  三問中ことにも難問が「七曲りにわだかまる玉に緒を通せ」とのこと。答に窮している帝にかの中将が、老親に知恵を授かり言上する。曰く「大きい蟻の腰に糸をつけて、その先に緒を結び、かなたの口には蜜を塗りてみよ」とて蟻を入れると蜜の匂いにつられて、くねくね曲がった玉の出口から出てきて「まことにいとよく緒は通りけり」とはずむ筆運び。

  かくして以後、老人はうやまわれ、かの中将は大臣にまで出世した由。さらに死後は「蟻通の神」として祀られているという。掲出歌は「七曲りの玉に糸を通したのはアリだということを唐土の帝は知らないだろう」(諸説)と明るく伝えている。さてもわが家のアリの君たちは、ゆきつ戻りつの寒さでまたねぐらにこもり、二番寝を決めこんでいるようだ。
(八幡平市、歌人)



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