盛岡タイムス Web News 2011年 4月 14日 (木)

       

■ 〈不屈の意志〉五日市知香さん 今は再起の助っ人役で

     
  県産食材の非常食などを商品開発した五日市さん  
 
県産食材の非常食などを商品開発した五日市さん
 
  盛岡市大通3丁目に事務所を構えるパイロットフィッシュ。商品開発コーディネーター五日市知香さんに、東日本大震災津波が三陸の物産に与えた影響を聞いた。県内の海産物などを独自のブランドにパッケージ化し、三陸鉄道を勝手に応援する会などで活躍している。一緒に商品開発した漁家が被災したため再起の助っ人役として走り回っている。(鎌田大介)

  -震災で三陸鉄道を勝手に応援する会の活動は。

  五日市 応援する会のすし屋さんの店が1bくらいの波にやられた。何か手伝いたいので、応援する会の寄付金でおコメや具材などを提供し、調達して宮古まで持って行き、のり巻きを作った。宮古駅の改札口で巻きずしを配った。皆さんが三鉄が列車を動かしたことに感謝していた。動いているおかげで宮古まで買い出しに来ることができて良かった、まさかのり巻きをもらえるとは思っていなかったと。応援する会でネタとコメを準備し、イオンから無料提供されたものなどもあり、避難所にいる人に配った。被災して3日目くらいのこと。喜んでもらえたのがうれしい。

  -三陸の漁家とこれまでどんな商品開発をしてきたか。

  五日市 山田町のホタテや、牡蠣(かき)の養殖をしている漁師が作った牡蠣の燻製(くんせい)のオリーブオイル漬けの「山田の牡蠣くん」、牡蠣の養殖棚に付く天然のアカザラガイの燻製のオリーブオイル漬けなど。地震の6日後の17日には山田町のアカモクのつくだ煮を商品発表する予定だった。

  -その人たちは被災したか。

  五日市 しばらく連絡がつかず、「山田の牡蠣くん」の人とはなかなか電波が通じず、安否が分からなかったが、無事なようだと連絡をもらった。避難所ではなく民宿にいるらしいと。アカモクのつくだ煮を作っていた人だけは、安否が分かるまで1週間かかった。二人とも家も加工所も流されたと聞いた。

  -再建への見通しは。

  五日市 ホタテは3、4年かかるようだ。前のチリ地震津波のときもだいぶやられた。山田はまだ、いかだが残っているので、牡蠣が少しでも付いていてくれればいい。アカモクは来年まで待たなければならない。もしできるならアカモクのつくだ煮も商品化して復活させたい。
  「山田の牡蠣くん」も加工場を作って5カ月しかたっていなかった。少なくともあと1年同じ場所で仕事ができれば良かった。前の方に気持ちを持っていかないと、失ったものを考えてしまう。わたしの方も次はいつまでと目標を立て、なかば強引に計画を立て、それに向かって動いていく。アカモクのつくだ煮を作る予定だった人は波にのまれて2、3回沈んで、やっと屋根に飛び乗ってはい上がったという。

  -内陸から消費拡大に向けてできることは。

  五日市 今はいろんな部分が止まっていると思う。きのうは県北の町に行った。商品開発のアドバイザーで1年間やることになっていた。町長が言っていたのは今自分ができることをしてほしいということだった。農家の野菜づくりや加工品を作ること。被災地に届けること。それぞれがやるべきことをやることが支援につながると言っていた。岩手の良い物を発掘して紹介してほしいと言われているので、岩手の良い物を見つけて売ってくれる流通を紹介して少しでも収入アップにつながればと思う。
  やはりボランティアに行ける人は行ってほしい。がれきの撤去を手伝えないと言う人がいるが、その人ができることをそれぞれ頑張ることが復興の支援につながる。わたしも商品開発に一生懸命取り組んでいかねば。小さな力が集まれば大きな力になると思う。

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