盛岡タイムス Web News 2011年 4月 23日 (土)

       

■ 〈賢治の置土産〜七つ森から溶岩流まで〉208 岡澤敏男 鮭の大助

 ■鮭の大助(オオスケ)

  タネリの母が乾かした鮭(さけ)の皮で上着を継ぎ合わせるファーストシーン、そしてエンドシーンがチョウザメの下男となるタネリという「サガレンと八月」の世界は、中絶した短い未完の童話ながらアイヌ習俗が色濃く感じられます。

  『コタン生物記』Uによればアイヌのコタンでは「目の害をするうクラゲ」「鮭の皮で作られる上着」「神魚とよばれるチョウザメ」「沖の神とよばれるシャチ(童話ではイルカ)」との伝承が語り継がれていると言われます。

  「鮭の皮」の利用については前述したが「クラゲ」には「クジラの洟水(はなみず)」といって目に入れると失明するという伝承がある。また熊を大切なカムイ(神)と呼び、キムン・カムイ(山にいる神)と呼ぶように、シャチもカムイ・チェブ(神魚)と呼び、またレプ・ウン・カムイ(沖にいる神)と言って大切にされている。

  「それは小山のような鯨を斃(たお)して、その豊かな脂肪肉をコタンの浜辺にどっさり送り届けてくれるから」なそうだが、確かにイルカ科ではあるがシャチは5、6bを超す海獣で鯨をも襲って、アイヌに贈物をする神魚です。

  しかし賢治は巨大なシャチよりもかわいらしいイルカの子を代役としたものとみられる。「おっかさん、もうさようなら」と高く叫ぶタネリに「ほざくな小僧、いるかの子がびっくりしてるぢゃないか」という犬神の口調も「ああおいらはもういるかの子なんぞの機嫌を考へなければならないやうになったのか」と慨嘆するタネリの立場も、沖の神であるイルカの子への気遣いとみられるのです。

  下書稿の7葉の途中で中断した草稿の空白は、その後にタネリが苦難する曲折を語ってはくれないが、ファーストシーンの「鮭の皮の上着」が、結末においてタネリを救済するキーポイントとなるような気がしてならない。

  その発想源は賢治と交友のあった佐々木喜善の『聴耳草紙』にヒントがあったのでしょう。それは『聴耳草紙』九七番「鮭の翁」という民話です。
 
  気仙郡花輪村の竹駒という所に美しい娘があった。ある時この娘を一羽の大鷲が攫(さら)って有住村の角枯し淵に落した。すると淵の中から一人の老翁が出て来てその背中に娘を乗せて、家に送り届けてくれた。実はこの老翁は鮭の大助(オオスケ)であった。
 
  この民話の大鷲を犬神、娘をタネリ、角枯し淵を海底に比擬し、あとは鮭のオオスケが出現し、その背に乗りタネリが母のもとへ届けられるという結末です。アイヌの民話に「鮭のオオスケ」譚はないが鮭をめぐる次のような伝承がある。

  それは鮭を司る海神は、人が鮭を粗末にすると鮭を不漁にし飢饉をもたらすが機嫌が良いと袋の中の魚の骨を海上にばらまき鮭の姿にしてコタンの川に遡上させるというのです。

  前回述べたとおり鮭の皮の利用は神の授かりものの鮭を大切にする習俗で、海神はタネリの身に着けた鮭皮の上着を見て機嫌を良くしたのです。そして「袋の中」から骨を海上にばらまいたのでしょう。骨はみるみる鮭の姿になり先頭の大きな鮭がタネリを背に乗せてサハリンの浜辺に送り届けてくれるのです。

  シャチをイルカとしたように、賢治にはアイヌにない鮭のオオスケ譚を『聴耳草紙』の民話と習合させて結末とする腹案があったのではないか、と勝手に推理するのです。

 ■鮭にまつわるコタンの説話(抜粋)

  昔なまけ者の娘がいて、母親が水汲みをいいつけると腹を立て小刀で炉端に傷をつけ「お前は年中仕事もしないで背中あぶりしていていいな」といいながら手桶をもって外に出て行った。…ところがそれきり戻ってこないので、母親が心配して川に行って見ると…そこへ赤腹のウグイの群が川を上って来た。母親はウグイに娘の行方をたずねると「あの娘はいつも俺たちのことを、骨だらけ骨だらけと悪口をいっていたから教えない」といって通り過ぎた。…母親が困っているとマスの群がやって来たが「お前たちは、俺たちが川に入った頃は大事にするが、少し老魚になると粗末にして投げるから教えない」といった。そこへサケが上って来て「お前たちは私たちを大事にしてカムイ・チェブ(神魚)といって、骨まで粗末にしないから教えてあげるが、娘は〈お月さんはいいな、何も黙って何もしないでいればいいが、私は何だかんだと使われてつまんない〉と言ったら、お月さんがなまけもののみせしめに、月の中に連れて行ったのだ」といった。それを聞き母親が泣きなき月を見ると、手桶をもった娘の姿が月の中に見えた。(『コタン生物記』Uより)


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