盛岡タイムス Web News 2011年 4月 25日 (月)

       

■ 〈幸遊記〉16 照井顕 及川正雄のミシシッピー号

 開運橋のジョニー開店記念日である4月8日付の東海新報に「津波に負けず無傷でケース入りの漁船模型が見つかる」という記事が載っていた。この模型の漁船を作ったのは、大船渡市大船渡町赤沢在住の及川正雄さん(83歳)。

  今から19年前の1992年4月、白血病で49歳の若さで亡くなった義弟、佐藤進一さん(妹福子さんのご主人)の供養のために作った船だったという。

  進一さんが機関長として乗船していた「第18昭福丸」の50分の1の模型で49日の法要に合わせて仏前に供えたものだったらしい。家は津波で流されたが、アルミフレームをボルトで固定した頑丈なプラスチックケースに入っていたため、沈まずに航海し自宅近くに戻っていたというのだから、まさに奇跡。

  今は高台にあって無事だった造船所(及川さん宅)に帰って、あったかいシャワーで洗ってもらい、日なたぼっこしながら、津波を乗りきって戻った船体を休めている。

  製作者の及川さん自身は、かつての東京大空襲から逃れ、両親の故郷、大船渡市に17歳で疎開して来た。北海道から東京へと巨大な筏(いかだ)の木材を曳航する、タグボートが大船渡に寄港した際から、その蒸気船の釜たき人夫として乗船した経験を持つことから、定年後は、自宅の4畳半に「サンアンドレス造船所」と名付け、数十隻も造ってきた。

  模型の船とはいえ、実船の設計図と、現地の港へ足を運びあらゆる角度から船体の写真を撮り、それを元に、木、ゴム、銅、真ちゅうなどの本物素材を用いて部品作りから始め、船上の機械器具や手すりに至るまで形状や色、その位置、灯まで、正確に作り付ける入念さには驚くばかりだ。

  90年代中頃だったろうか、及川さんは陸前高田まで時折「やぶや」のそばがおいしいと食べに来て、帰りに「ジョニー」に寄ってコーヒーを飲んでくれた。ある時その美しい木造船をジョニーの窓に飾ってくれと持って来た。

  それは何と1910年代から20年代にかけてジャズ誕生の地、ニューオーリンズからジャズを乗せて、ミシシッピー川をシカゴへと上っていったリバーボート「ミシシッピー号」だった。あの船も津波を乗り越えニューオーリンズへ向かっているのだろうか。
(開運橋のジョニー店主)

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