盛岡タイムス Web News 2011年 5月 2日 (月)

       

■ 〈幸遊記〉17 照井顕 榊原匡章の手描き版画

 3・11の夜、大丈夫やったか?と久し振りに聞く声の主は、榊原匡章(きょうしょう)さん(71)からの電話だった。3日後には、四国八十八カ所を車で回って来たとこや。だったか、回って来てから、だったか、うろ覚えだが「とにかく、絵を描くから被災者に届けてや。津波に家も家族も寺も墓も仏壇も位牌も全部流されてしまった北国の人たち、手を合わす対象となるものがないだろう。その人達に仏様の絵を描いて、あんたに送るから、届けてや!」

  それからしばらくすると、手すきの和紙に墨で描いた仏画が数十枚送られてきた。般若心経の終章を書き入れた仏画を中心に、ノート大のものから、携帯用の小さなものまで、一枚一枚手描きしたもの。

  何度か沿岸に足を運び届け、盛岡の陸前高田だと思って「ジョニー」にやって来る被災者や、その関係者たちにもあげたら、有難がられ、喜ばれました。

  彼と出会ったのは1983〜4年ころのこと。彼と同じ三重出身のギタリスト・中村ヨシミツのレコード「魂のギター」を制作する時、ジャケットの絵を描いて頂いたのが始まりだった。

  当時彼は「神のお告げでな、突然絵が描けるようになったんや、その絵を東京の小田急百貨店で個展やったら、1枚10万円で飛ぶように売れたんや」と言っていたけれど、その個展を16年間も連続でやった手描きの版画家である。

  彼、榊原匡章は伊勢神宮神官の子として生まれ、伊勢神宮神事写真家として活躍。東京で写真展などを開催のほか、雑誌などに掲載されたが、彼の最大の仕事となったのは、画家になってからの90年代に10年かけて、北は弘前から南の沖縄まで50城の絵を1枚の和紙に描いたことだった。

  1枚の和紙とは言え、幅2b30a、長さ270b、重さ300`という想像を絶する和紙ロールを車載して持ち歩き、現地に広げて描いた。もちろんギネスモノ。

  三重伊勢道開通時には、108b(煩悩の数)に及ぶ1200ピースの現代版・東海道53次を描きジグソーパズルにして、インターで展示した。福井県今立町「紙すき・おすまさん」の絵本(1ページ四畳半)という巨大本を作った男。黒鍵だけを使うホワイトロック・キーボード奏者でもある。
  (開運橋のジョニー店主)
 

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